00部屋参

□帰せ
1ページ/1ページ











 ガチャリ、と牢の情が開けられる音がして、鉄格子の向こう側から一人の男が入ってきた。顔を上げてそれを確認した俺は、警戒しながら目を細める。……この顔に騙されてはいけない、それぐらいは分かっている。
 グラハム・エーカー。
 それがこの男の名だ。
 輝きを放つ金色の髪、大きくて魅力的な色合いのグリーンアイ。いかにも貴族といった顔立ちだが、その実は国で一、二を争う強力な将軍だ。油断してはならない。勿論、見惚れることも。
「将軍自ら、俺に何の用だ?」
 挑発するように訊いてみるが、相手は微笑むだけで答えない。腰の剣をわざと見えやすいようにしている彼は、余裕ぶった態度を崩さずに壁にもたれて、圧倒的な勝者の態度を見せつけながら言った。
「まだ言う気にならないのか?」
「当たり前だろ」
 見上げて言ってみれば、ふんと鼻を鳴らされる。それすら美しく見えるこの男は、大層慕う者が多いことだろう。現に、牢の見張りをしている看守たちの会話にも、度々ここを訪れる彼の名は必然的に上がる。その内容は、彼を称賛する内容のものから下卑なものまで、様々ではあるが。とにかく、この男が有名であるということに間違いはない。俺を捕まえたのも、この男だ。
 じゃらりと手錠についた鎖を鳴らす。脅しのつもりだったが、まったく動じた様子はない。
「よく囚人の入っている牢なんかに独りで入る気になるな」
「武器を持っているわけでもあるまい。君の持ち物は洋服に至るまで、ここに入るときに全て回収させてもらったからな」
「そうだったな。俺の銃は何処だ?」
「君の手の届かないところだ」
 半ば予想していた答えではあったが、それが無駄だったとは思わない。普通の刑務所と違い、牢から出ての労働も存在していないうえ、看守がうるさいので他の囚人と話すこともできない。つまり、誰か他人と話すことができるのは、この男と喋ってるときだけなのだ。
 戦争中ではないからか、今日はこの男は鎧を付けていない。代わりに付けているのは、軍服のような制服。筋肉こそついているが、線が細いことが良く分かる。
 高潔で誇りに溢れた、騎士の鑑そのものの瞳。しかし、それが時に冷酷な色に染まるのも、また事実。
「……なぁ、アンタさぁ」
 その、腰に下がった立派な剣を見ながら、俺は言葉を口にした。
「俺をここから出すつもりはないのか?」
「出すわけがないだろう」
「じゃあ、このまま俺が何も言わなかったら……殺すのか?」
「まさか。有効活用するだけだ」
 有効活用、その言葉に宿る意味はよく分からない。だがしかし、どうしてこの男がわざわざ来る必要があるのだろうか。本人が自ら来ているのだろうか。だとしたら、何故?将軍本人が話して分かることなどないだろう、専門の尋問係や拷問師に任せる方が、吐かせるのには手っ取り早いのではないだろうか。
 拷問など、別段恐ろしくない。そういうことがあることぐらいは覚悟しているし、ある程度の痛みは受けたことがある。そうでなければスパイに自ら名乗りを上げたりしない。
 それとも、と、ふと思ったことを口にした。
「俺を拷問するのってさ、アンタ?」
「……何故だ?」
「本当はさ、アンタただの人殺しだろ」
 本当に、本当にただの思いつきだった。特に深い意味など無く、何となく、そうなのかもしれないと思っただけのことだ。
 しかし、男はくつくつと可笑しそうに笑うと、靴音を立てて俺方へ歩み寄って来、その革靴で俺の腹を蹴り飛ばした。鈍い痛みと衝撃が、内臓の中を貫いて行く。
「そうされたいのか?」
 冷たい剥き出しの床に俺が頬をぶつけると同時、同じように冷たい靴の底が、俺の右頬の上に載せられた。ヤバい。第六感が警告するが、俺は動くこともできない。
 体の体重の半分以上のような重みが、俺の頬の上に掛けられた。
「調子に乗るな、スパイ風情が」
 冷たい声、軽蔑したような、そんな。その声を聞くと、不思議に体の底が冷えていき、それとは逆の高揚感のようなものも感じる。
 高潔で忠誠心に溢れた人望のある将軍、そんな仮面を被っていても、この男は所詮戦闘狂だ。戦っていてはっきりと感じた。敵が相手ならば痛めつけることをいとわず、何も心を動かされない。どころか、何処かそれを求めているような部分もある。
「これが、本当のアンタだろ?」
 この男の本性を暴いたような気がして、俺は唇に笑みを浮かべた。
「これ以上暴かれたくないなら、俺を帰せよ」
 頬に掛けられた重みが、ますます大きくなったような気がした。








 
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ