00部屋参

□怖い
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 僕のエースは子供のようにピッツァを口に運ぶ。とても空腹だ、というようなことを言っていた。口の端にはトマトソースが付着しているが、可愛らしいのであえて指摘はしない。なんて純粋で、子供のような。ただ、その動作の指の一本一本に至るまで、ゆっくりじっくり目で追っていた。パイロットらしい指。赤くなったその指に触れ、今すぐに口付けたい。一本一本にキスを落として、僕の大事なその指を僕だけのものにしたい。愛しい愛しい僕のグラハム。僕の、エース。
(彼が物を食べているところを見るのが、好きだ)
 親しいものだけがこんな表情を見ることができる。大きな目を輝かせ、少しのソースですら勿体ないとばかりに指へと舌を絡ます。健全さとないまぜの色気。誘っているのだろうか。そんな都合の良い欲望を抑えながらも、また違うことを考える。
(食べている姿は、生きてなきゃ見れないから)
 生きているから物を食べる。エネルギーを作り出して、また、生きる。生物が繰り返す無限のサイクル。生を描く円。
 だけど、もしそれが止まってしまったら?グラハムが喋って笑って食べる姿を、もう二度と、見ることが叶わないとしたら?
(僕は怖い)
 彼が僕の目の前から消えてしまうのが。彼が手の届かないところへと行ってしまうのが。そして、彼が僕のエースじゃなくなってしまうのが。
 訪れるはずはないと信じる一方で、どうしてもそれが怖くなってしまう。グラハムを信じている。それは確かなことなのに、暗い未来の影の存在に、何時だって怯えている。相反した、矛盾した、それでいて合一な二つの思いを抱え、僕はグラハムを見つめている。
(怖いんだ)
 怖れと愛と情と怯えと劣情と欲と恋心、それらを全部まとめてひっくるめて、今、僕の目の前でピッツァを食べ続ける一人の男に対し、僕は。
(怖いよ、グラハム)
 君を失う時が、君のいない日が来るのを、何よりも強く怖いと思う。









 

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