00部屋参

□刺さない刃
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 自分は手に刃物を持っていると、そう、思う。
 それはそう、若さという刃であり、あの男が絶対に持っていないもの。それを確信したのが一体何時のことだったのか、思い出すことはできない。だが、確かに、鋭利な凶器を持っていた。使おうと思えば、何時でも刺すことのできる刃を。
 男が何か言った。そして、刹那の頭を軽く叩く。こちらを見下ろす明るい瞳。あぁ、どうしてこんなに眩しく、それでいて痛々しい色をしているのだろうか。まるで極寒の地の太陽のような色だと思う。その光で氷が溶けることなど決してないのに、それなのに、照り続ける太陽。一体何の為に存在しているのだろう。
「刹那、お前さ、」
 声が鼓膜を震わせる。男が持っているのは銃。それは色々な銃だ。拳銃だってライフルだって、彼は何時でも使うことができる。だけど、彼もまた、それを使わない。理由は簡単だ。撃ってしまうことを、誰かを傷つけることを、彼自身が恐れているのだ。最近の刹那は、それを痛いほど感じることができるようになった。彼が引き金を引けない理由。戻れなくなることを恐れているという、その事実。
「本当、」
 彼自身はそれに気付いているのだろうか。手にしている銃の引き金を引けないという、そのことに。もしかしたら、気付いているかもしれない。あるいは、気付いていないかもしれない。
 それでは、このことはどうなのだろうか。刹那もまた銃を持っているということには、気が付いているのだろうか。刹那は彼の目を見る。彼の目を見上げる。何処までも澄んでいてそれでいて憂いを帯びた瞳。アイスブルー。その色が冷たい色である、ということにもまた、最近気付いた。
「ロックオン、」
「お前は、強いよな」
 瞳が、長い前髪に隠れる。声が震え、刹那の耳の近くで、無様に墜落する。男は自らの手でその顔を覆うと、刹那の視線から逃げるかのように、更に俯いた。握った拳が震えている。
「俺は、強くなんかない」
「いいや、強い。お前は強いさ、刹那」
 あまりに惨めな声だった。それを聞くのが耐えきれないぐらいに不快で、刹那は、グローブを嵌めた手を強く握る。白い腕に赤い手形が付くぐらいに力を入れて引くと、その手は意外に、あっさりと顔から離れた。アイスブルーの瞳が、色を持たないかのように白い肌が、晒される。
 その顔を見た刹那は、すぐに腕から手を離した。その顔があまりに惨めで、無様で、見ていられなかったから。男の顔は、まるで迷子になった子供のようで、ずるい大人そのもののようで、少年の目には滑稽に映った。
「……ロックオン、泣いてるのか」
「違う」
 刃を向ける気は、霧のように消え失せた。こんな顔をする男を、こんな人間を殺して、一体何になるんだ。こんな、矮小で、脆弱で、どうしようもない男を。
 大人は弱い。途轍もなく脆くて、壊れかけていて、それでいてそれを隠すのだ。この男も同じだ。この男は、大人であり、子供なのだ。いつまでもずっと、迷路の中を彷徨い続けている。そんな大人を殺して、一体何になるのだろう。
 刹那は手にしていた刃物を下ろした。そして、代わりに右手を白い頬に添えると、その唇に口付けた。
 痛々しいほどに鮮やかなアイスブルーから一筋、涙が落ちた。









 

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