その七

□お決まりの
1ページ/1ページ



「義賊風情がっ!」
 林冲の怒り声が飛んだ。
 それを耳にした瞬間、肩の上に虎師匠を乗せて、翠蓮は一目散にそこから逃げ出した。
 勿論、絶対に振り向いてはならない。
 決して、決して。






「幼い少女がいる前で、何をしようとしているんですか!」
「何って……見てのとおり」
「見ての通りではありません! 自分以外の人間のことを考えるだとか、そういう考えはないんですか!?」
「ない」

 元々釣り目がちな目を更に釣りあげ、怒鳴り声と悲鳴の中間のような声で叫ぶ林冲に、戴宋は呆れたような顔で言った。

「あのチビなら、もういないぜ」
「いない……?」
「つーことで、はい、続き」
「嫌です!話してください!」

 必死で身を捩る林冲の体を後ろから抑え込み、そっと項に口付ける戴宋。
 一瞬、ビクリと林冲が動きを止めたのを見て、その腰をすっと抱き寄せた。

「抵抗しても無駄」
「無駄、じゃありません!ところ構わず盛らないでください!」
「いや、だって……おたくの後姿って、何かエロいし」
「店に戻るまで待てないんですか!」

 けだもの! と大声で抗議され、やれやれとその口に手を伸ばす戴宋。決して大きくはない手で林冲の口を塞いだ彼は、わざとらしく辺りを見回して言った。

「声がでけぇって」
「……!」

 言われて、林冲はきょろきょろと辺りを見回した。やっと気付いたらしい様子に、変なところで頭が回らない奴だな、と戴宋は思う。
 しかし、好都合だ。
 もう一度、今度は首の下にキスして、戴宋は林冲の体の向きを変えた。
 向かい合うようにして見ると、怒鳴るに怒鳴れないといった表情でこちらを睨む林冲と、ばっちり目が合う。
 隙あらば抵抗しようとする彼を見て、戴宋は嘆息した。

「……いい加減、諦めろって」

 そして、さっと手を離すと、自由になった相手の唇に自分の唇を重ねる。
 空気を奪うかのように荒く、捕食するかのように強いキス。
 負けじと、林冲は彼の唇に噛み付いた。……色事めいた意味ではなく、文字通りの意味で。

「いてっ!!」

 人体の中でも柔らかい肉ベスト十位くらいに入るかもしれない部位に歯を立てられ、戴宋は思わず身を離す。
 その隙に距離を取った林冲は、地面に置いてあった自分の蛇鉾を手に取り、一気に戦闘態勢に入った。

「……恥を知りなさい、義賊が」
「恥って……一応恋人だろ?」
「時間と場所を考えてください!もう部屋に入れませんよ!」

 当人たちは至って真面目なのだろうが、二人の会話の内容は、その関係を公言しているようなものである。
 一方は狼の目で、一方は牙を持った羊の目で、睨みあう二人。沈黙。
 それを破ったのは、林の何処からかの拍手だった。

「戴宋、いつの間にか恋人を連れてくるほどになったんですね」

 温和そうだが、何処か食えない声。二人にとっては、既にお馴染みの。
 二人が同時にそちらを見ると、パチパチと拍手をしながら、いつもどおりの宋江が姿を現した。一般的にかなり衝撃的な現場を目にしたはずなのに、彼は特別動じてはいない。どころか、心底二人を祝福している。

「安心しましたよ、私は。林冲殿なら、戴宋の我儘にも巧く対応できそうですし」

 彼の言葉に、先程までの出来事と会話を思い出し、今更ながら真っ赤な顔をする林冲。
 一方の戴宋はと言えば、米神に青筋を立てて、自分の頭領の元へと近付いて行った。

「……いつから?」
「はい?」
「いつから、いた?」
「いつから、と言われましても……。翠蓮殿に呼ばれてきたわけですから、二人がキスする直前ぐらいからですね」

 覗き見したことに対する罪悪感は、宋江には一切ない。
 彼らしくもなく顔を引き攣らせながら、戴宋は叫んだ。




「神行炎龍――――――――――――!!!!!!!!!!!」







 当然ながら平手一発で戴宋は破れ、「義父さんと呼んでくださって構いませんよ」と言われた林冲が物凄く困惑することになるのだが、幸せにつきものな何かだろう。













――後書き
二人の関係は、替天行道メンバー公認で良いのではないでしょうか←
との妄想の下で書きました。何と言うか……二人が恋人同士ですね……。
ばなさん、本当にこんな頭の痛いものですみません!
いつもばなさんの戴林に物凄くテンションを上げているのに、天と地の差のクオリティですね!
……良ければ貰ってやってください。
個人的には、物凄く楽しかったです。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ