その七

□居場所
1ページ/1ページ




「林冲殿、ご指導有難う御座いました」
「いえ、こちらこそ。私で良ければ、いつでも引き受けますよ」


 二人の男が、向かい合うようにしてそれぞれの騎馬に乗っていた。
 片方の若者の名は、史進。九紋竜と呼ばれる豪傑であり、手には朱塗りの棒を握っている。彼の獲物はそれだ。
 そして、対する美青年は、林冲。豹子頭と呼ばれる槍の使い手で、手には蛇鉾を握っていた。
 まさしく、龍虎の戦い。
 しかし、ともに同じ人間に師事した身であり、また、元からの知人もこの梁山泊に少ない二人なので、この二人は親しい仲であった。

「林冲殿、今から飲みに行きませんか?」
「構いませんが……何処へ?」
「朱貴の店まで行きましょう。梁山泊の中となると、今頃はもう席がないと思います」
「それもそうですね。……では、馬を置いたら行きましょう」

 馬上で言葉を交わすと、互いの馬を並べ、二人は牧へと馬を駆けさせた。







 二人が暖簾をくぐると、いつものように饅頭を運んでいた朱貴が、その姿を見つけて破顔した。

「珍しいですねぇ、わざわざ下りてくるなんて」
「上の店はどこもいっぱいなんだ。酒と饅頭を、俺と林冲殿の分だけ」
「はいはい」

 厨房の真ん前の席に陣取り、慣れた様子で注文をする史進。その様子を見ながら、林冲は店の中を見回す。

「ここに来るのも、久し振りですね」
「貴方が来ると、入山のときの様子を思い出しますよ」
「……そうでしたね。貴方に騙されて、鉄枷を付けたまま戦う破目になりました」
「昔の話ですよ。今は頭領も違いますし。……ねえ?」

 言いながら、朱貴が酒の入った燗を取り出した。受け取った朱貴は、自分の杯へと酒を注ぐ。同じように酒を注いだ林冲は、それを一気に飲み干した。

「……ふう」
「……林冲殿、ほどほどにしてくださいよ」
「まだ一杯しか飲んでいないのに、ほどほども何もないでしょう」
「まあ、そうですけどね……」
「はい、饅頭ですよ」

 早くも少し赤い顔をした林冲を見ながら、思わずため息をつきそうになる史進。事情を知る朱貴がくすくすと笑っているが、怒る気力もない。
 史進の忠告も聞かずに飲み続ける林冲に、出来るだけ酒から意識を逸らさせようと、史進は尋ねた。

「林冲殿の槍は、王進先生に?」
「そう……ですね」

 首を傾げながら、自分の言葉に付け足す。

「基礎は王進様です。しかし、何しろ私は王進様と違って力が……。だから、それ以上は我流ですよ」
「我流でそれだけ強いだなんて、大したものですよ。俺なんて、師の数だけは多いですから」
「でも、貴方が本当に師だと思っている方は、王進様だけでしょう?」
「まあ、そうですね」

 まだ湯気の立つ饅頭にかぶりつきながら、史進は首を縦に振った。二口で饅頭を食べ切り、自分の酒に手を伸ばそうとしたところで、隣から伸びてきた手がそれを横盗って行く。

「……林冲殿。俺の酒を飲まないでください」
「別に良いでしょう、一杯くらい。文句があるのでしたら、今から先程の続きでもしますか?」
「林冲殿には勝てませんよ……」

 ぐい、と酒を飲む林冲の隣で、ため息をつく史進。酔った彼の面倒を見るのは、いつも史進の仕事と化している。……というか、林冲を飲みに誘い、そして了承を得る人間というのが、他にいないだけなのだが。

「……酒をもう一瓶」
「大変ですねぇ」

 他人事だと笑いながら差し出された酒を、史進は盗られないうちに一気に飲んだ。流石に酔いが全身を駆け廻り、くらりとくる。しかし、元々酒には強い方だ、別に問題はない。
 問題があるとしたら、林冲の方だった。

「林冲殿、そろそろ飲むの、やめませんか?」
「やめませんよ? 別にいくら飲もうと私の勝手じゃないですか。それに、貴方だってまだ飲んでいますし」
「俺は酒に強いから良いんですよ」
「私だって弱くはありません」
「……強くもないでしょう。ほら、二日酔いにでもなって、明日官軍が来たらどうするんですか。林冲殿なしじゃ、とても戦えませんよ」
「自分がどれだけ飲めば翌日に響くかぐらい、分かりますよ」

 子供のように言葉を並べたて、史進の制止も聞かずに酒を飲み続ける林冲。分かっていないから問題なのだが、本人としてはまったくその意識はないらしい。
 酔うに酔えない状況が出来上がり、史進は頭を抱える。
 すると、店の戸が開き、一人の男が顔を出した。

「酒を頼む」
「おや、秦明殿。珍しいですねぇ」

 今日の仕事を終わらせたと思しき秦明である。
 いそいそと朱貴が酒を用意していると、ふらりと立ち上がった林冲は、そちらへと歩いて行った。
 元々同じ禁軍同士、多少の関わりがあったからだろう。二人はそこそこ仲が良い。二人掛けの席を陣取った二人は、そのまま会話を始めてしまった。

「……やっと落ち着いて酒が飲める」

 心底安堵した表情で呟きながら、史進は自分の酒を口にする。
 とは言え、連れて帰るのは史進の役目なのだろう。
 何だかんだ言って、史進は林冲に甘い。同じ王進の弟子として、そして武人として、林冲のことを尊敬しているというのもある。しかし、それだけではない。
 王進の教えを受けていた頃に聴いた、林冲の過去。
 それを知っているからこそ、史進は彼を無下には扱えないのだ。

「行っちゃいましたね」

 饅頭を作りながら、朱貴が意地悪く言う。

「酒が入ると、林冲殿は変わりますよねぇ」
「……変わると言うより、本性が出るんだろうな」

 制止も聞かずに飲もうとするのは、酔っている隙だらけの状態を見られても構わないと思えるほど、心を許しているから。
 振り回すのは、こちらを試しているから。
 知っているからこそ、そんな彼の息抜きのためもあって、史進は林冲を飲みに誘う。

「いつも皮被ってちゃ、息が詰まる」




 王進先生の代わりに、少しでも心の休まる場所であれれば良い。
 何やら戦術に関して言葉を交わす秦明と林冲を見ながら、史進はそう思った。












―後書き―
エムヨさん、こんな小説になってしまって本当にすみません!
捏造甚だしいというか……もう、ほとんど北方ば(ry)
史進について良く分からないので、まんま北方版です。
何となく秦明将軍も出してしまいました。花栄とどちらにするか悩みました(いらない悩み)
武人として、そして人間として、史進は林冲に惹かれていけば良いなと思います。
林冲も、後輩を可愛がって、こういうときには迷惑をかけていれば良いなと思います(笑)
他の人たちと違い、ずっと昔からの仲間が梁山泊内にいない二人同士、仲良くなってしまえば……。互いに心を許してくれれば……。
妄想ばっかですみません! 史進の酒を横取りする林冲が書きたかっただけです!←
こんな駄目な話(趣味に走った話)で良ければ、エムヨさん、どうぞ貰ってやってください!



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ