その七

□月下天女
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「王進様、」

 甘えるような声で呼ばれて、王進はその頭を撫でる。

「王進様」

 もう一度そう呟いた彼の体は、王進の体にもたれかかるようになっていた。
 酒に酔うと、林冲は甘える。
 まるで、愛情を知らなかった昔を補うかの如くに、ただ必死で愛情を求める。
 だから、王進はそれを拒絶しない。女のような髪をそっと指で梳き、宥めるかのようにその肩を抱く。林冲の体は熱い。酒に酔っているのは明白だ。

「王進様、」
「どうした、林冲」
「お慕い、申し上げております」
「ああ」
「愛しています」

 つたない言葉で紡がれる愛の言葉はまるで、捨てないでくれと暗に言っているかのようだ。
 無論、王進には林冲を手放す気など、毛頭ない。林冲は大事な息子であり、それ以上の存在であり、溢れんほどの愛を注ぐ相手であるのだから。
 手を離したくないと思う。留まらせておきたいと思う。
 けれど、彼の未来を本当に思うのなら、いつかは離れなくてはならないのだろう。

「私にとっては、王進様が全てです」
「林冲」
「王進様がいなくては、幸せではないのです」

 この気持ちが、ただの親愛の感情でないと言うことには気付いている。
 林冲という一つの存在を、家族としてではなく、王進は愛しく思っているのだ。
 けれど、林冲が自分に抱くそれは、錯覚でしかない。恩義と忠誠心を、別の感情と取り違えているだけだ。いつかは彼もそれに気が付き、目を覚ますだろう。
 目を覚ましてほしいと思う。一方で、ずっと気付かなければ良いとも。
 相反している。

「安心しろ。私も、お前を愛している」

 不安で揺れる林冲の目、それを覆う目蓋に、そっと口付ける。
 あやすかのように。

「だから、もう寝た方が良い。明日も出仕するのだろう?」
「はい……、分かりました」

 すぐに離れてしまった王進の唇を、名残惜しそうに林冲が視線で追う。
 その仕草があまりにも愛おしく感じられて、王進は華奢な体を抱き寄せた。

「林冲」
「はい」
「愛している」
「……はい」

 拾った時より成長したのに、折れてしまいそうなほど細い体。あまりに脆く、自分が抱き締めるという行為だけで壊れてしまいそうだと王進は思う。
 花のような顔。
 まるで、月下の天女のような。
 情欲など微塵も感じさせぬように、彼に口付ける。そっと唇を重ね合わせるだけ。それだけで林冲は満足げな顔をするのだから、これで、良い。
 髪紐を解いてやり、薄い肩に顔を埋めた。まわされる腕。しがみつくかのようなその動作は、幼子を想像させて。
 林冲が求めるものは、愛。
 無償の、愛。
 強く渇望するそれはまるで幼子のもので、だからこそ、触れることを躊躇ってしまう。
 残る心を振り払い、王進はゆっくりと林冲の体から離れた。よしよしと頭を撫でてやると、切れ長の目が嬉しそうに細まる。

「そろそろ私は寝る。お前も休め」
「はい。……片付けは、私が」
「すまないな」

 早足で自室へと急ぐ途中、そっと王進は振り向いた。
 少しよろけながら、こちらに背を向けて立たずむ青年。
 その姿を目に焼き付けるようにして、また、彼は歩みを再開させた。

 いつか。
 もし、その姿に情欲を抱いているのだと告げたら、彼はどうするのだろうか。
 自分も愛しているのだと言って、受け入れるのか。それとも、目を覚まして拒絶するのか。
 どちらが現実になるのも、恐れている。



「所詮はただの人でしかない、か」



 もう暗がりで見えない背中を思い出しながら、王進はそう呟いた。





















――後書き
はいっ、おがたさん、こんなものですみません!!
初めは甘い方向で書いていたのに……何というか……踏み外しました。
気付いたらこのようなものになっておりました。
地面に額を擦り付けて謝ります。
自分としても、「久々の甘い話―!」と張り切っていたのに……何が起きたのか……。
こんなものになってしまって、本当にすみません。
良ければ貰ってやってください。
本当に、相互リンク有難う御座いました!

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