その七
□知らぬが仏
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「……それにしても」
林冲の呟きに、戴宋は「あ?」と言葉を返した。
眉根を寄せて、林冲は続ける。
「あの子、大丈夫でしょうか?」
「……ハァ?」
「翠蓮殿ですよ。あの朱貴という男に何もされてなければ良いんですがね……」
「いや、何もされないだろ」
林冲の心配をよそに、戴宋はさらりと言い切った。
あまりに自信に満ちたその言葉に、思わず林冲は訊く。
「……何か確信でも?」
「だってアイツ、女っつーか餓鬼だし。何もないだろ」
「……貴方は女性相手に言葉というものを選ぶ気はないのですか」
「あの怪力女だって女だぜ」
「訂正します。一般的な女性相手に言葉を選ぶ気はないのですか」
「言葉、ね……。いやまあ、アイツがどーのこーの以前にさ」
「……?」
「やっぱいいわ」
ちなみにこの会話は、両手を拘束されたうえでの会話である。
こんな状況下にありながら何処までも呑気な会話を繰り広げている二人に、遠くで見ていた三娘が、へくしゅんとくしゃみをした。
「……何か言われたような」
「それにしても」
包丁を研ぎながらその様子を見ていた朱貴は、のんびりと口を開いた。
「いやぁ、本当に惜しいですねぇ」
「何がですか?」
この状況下において少しも緊迫した様子を見せない彼に、翠蓮は恐怖すら覚える。
「惜しいでしょう?」
「……だから、何が」
「彼ですよ」
ほら、と朱貴が包丁で指差したのは、手を拘束された状態でもいつもと同じように戴宋との会話をしている林冲の姿。
その姿を見ながら、はあ、と朱貴はため息をつく。
「私個人としては、彼は気に入っているんですがねぇ」
「気に入っているって……あんなちょっとしか話したことないのに、ですか?」
「ええ」
顔色一つ変えずに頷くと、朱貴はペロリと唇を舐めて続けた。
「だって彼、とってもいい顔をしてくれそうでしょう?」
「……いい顔?」
「ただ怯えるわけではなく、瞳の何処かに怯えを隠し持ちながら、こっちを気丈に睨みつけてくる……。素敵な顔だと思いませんか? しかも仮にも豹子頭と謳われる男ですから、ズタズタになったことなんてほとんどないでしょうしねぇ」
「…………」
「そんな怖がらないでくださいよ。私は貴女には何もしませんからねぇ」
ニコッと微笑むと、朱貴はやや楽しそうに続けた。
「確かに潰すのは惜しいですけど、そう簡単に潰れる男でもないでしょう。私の興味は今のところ、彼にしかありませんよ」
「……朱貴さんは、男色なんですか?」
「ハッキリと言いますねぇ」
光を受けて、包丁が不気味にギラリと光る。
ひぃ、と翠蓮が身を硬直させるのを笑顔で見守りながら、朱貴は言った。
「そのつもりもないしこれからもそうでないつもりですよ」
「……はあ」
「彼は例外です」
また別の包丁に手を伸ばしながら、小さく小さく、彼は言った。
「……統領には悪いですが、私個人としては、彼に生き残ってほしいですよ」
(捏造しすぎてごめんなさい世界のすべての人間にスライディング土下座します)
(朱貴さんがだ い す き で す)