00部屋その六

□浸食される心と盲目の愛
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 雛森の心が壊れてしまった。
 それを俺は、為すすべなく見守るしかなかった。
「入るぞ」
 雛森の病室の扉を控えめにノックして、ゆっくりと横にスライドさせる。直後、金切り声のような悲鳴が聞こえて、俺はびくりと肩を震わせた。
「雛森!?」
 急いでベッドまで向かい、上に横たわっている雛森を見る。
「雛森、オイ、しっかりしろ!」
 そこに寝ている雛森の様子は、一目で尋常じゃないと分かるほどだった。
 茶色い目は大きく見開かれ、宙を見たまま硬直している。指は頭を掻き毟り、髪の毛がまとわりついていた。
「雛森!」
 とっさに指を髪から外して、ぎゅっと掌で握り込む。すると、次の瞬間、勢いよく突き飛ばされた。
「ぐはっ」
 油断していた身体に、唐突な衝撃。座り込んだ俺の髪を、雛森の手がぎゅっと掴む。
「シロちゃん」
 耳元で聞こえた声は、夢の中にいるかのようにあやふやだった。
「シロちゃん」
 ぐいっと髪を引っ張られ、ぶちぶちと嫌な音が病室に響く。手を伸ばして止めようとすると、思い切り振り払われた。ついで、俺の頬を掴んだ手が、ぐっと俺の肌に爪を立てる。ぷちっと嫌な音がした。
「雛……森……っ」
「シロちゃん」
 雛森からの返事は、あってないようなものだ。俺の頬を血まみれにした手が、今度は首に伸びる。両手が触れたかと思うと、次の瞬間、めいっぱいの力が首に掛けられた。
「か……はっ」
 思わぬ衝撃に、口の端から涎が垂れる。女と言っても、相手は副隊長格。すぐに俺の意識は薄らぎ始めた。
「雛森……」
 体から力が抜けて、ぐったりと雛森の体に倒れ込む。視界がぼんやりと滲む。これはもう、駄目かもしれない。
 俺が覚悟した次の瞬間、俺の首からぱっと手が離れた。
「え……? がほっ、げほっうえっ……」
 突然圧迫から解放され、喉が酸素を吸収しようと必死でもがき始める。俺は首を押さえた。
 顔を上げれば、大きく目を見開いた雛森の顔。
 青い唇が、ゆっくりと動いた。
「シロちゃん……ごめんね……」
 そして、それを合図に、堰を切ったかのように両目から涙が流れる。
「ごめんね……ごめんね、シロちゃん……あたしのせいでこんな目に遭わせて……」
 肩を震わせ、耐えきれないと言いたげに泣く雛森。その肩を、俺は優しく包んだ。
「大丈夫だ、雛森」
「でも……でも、あたし……!」
「俺の心配はすんな」
「そんな……」
 泣き続ける雛森の肩を、優しく、優しく、俺は抱き締めた。






日番谷は……いじめたい。

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