00部屋その六

□あの日の選択のやり直し
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 ノイトラが、死んだ。
 その瞬間、テスラは生きる意味を失った。
 だから、テスラは死ぬはずだった。
 でも、死ねなかった。






「大丈夫ッスか?」
 耳元で聞こえた聞いたことのあるような声に、テスラはゆっくりとその目を開けた。
「あっ、起きたッス!」
「お前は……」
 視界に映り込んできたのは、幼女の姿をした一人の破面の姿。テスラが目を覚ましたのを認めると、彼女はぱあっと顔を輝かせた。
「無事みたいで良かったッス!」
 そうして、「もうちょっとかかるッスよ!」と言いながら、彼女は涎をテスラの上に垂らしてくる。それに既視感を覚えて、テスラはゆっくりと瞬きした。
(どこかで……感じたことがあるような……)
『もうっ、テスラったら大丈夫?』
『ちょっと待って、もう少しだから』
「ネリ……エル……?」
 考えた後に現れたのは、遠い日に見たかつての上官の姿。まさかと思いながら、テスラは幼女をじっと見つめた。
 仮面の位置、鼻頭の模様。
 見れば見るほど、幼女が記憶の中の女と重なる。
(まさか……)
「何かの罰か……?」
 そう呟いて、テスラはぐっと拳を握り締めた。
 ネリエルが姿を消したあの日。
 何が起きたのか、テスラは薄々気付いていた。ノイトラとザエルアポロの不審な動きは大分前から知っていたし、ネリエルがいなくなったことも、(とうとう来たか)としか彼には思えなかった。
 何もかも気付いていてあえてネリエルに言わなかったのは、テスラも心の何処かで彼女がいなくなることを望んでいたからだ。ノイトラに対してと同様にしつこく構ってくるネリエルのことを、テスラは内心鬱陶しく感じていた。――だから。
(だから、気付かないふりをした。何も知らないふりをした)
(これは、あのときの罰なのか?)
 テスラが内心で呟く言葉を、幼女は知らない。せっせと涎を垂らしては、テスラの顔をちらちらと窺っている。
(……どうしろというんだ)
 途方に暮れて、テスラはため息をついた。
 そのとき。
 遠くの方から、こちらに向かって走って来る音が聞こえた。
(敵か!?)
 焦ったテスラは、急いで相手の霊圧を確かめる。そして、信じられないものを見たかのように目を見開いた。
(まさか……)
 懐かしい、霊圧。
 驚くテスラに構わず、あちらはこちらに向かって来る。そして、やっと声が届くところまで辿り着いたのか、大きな声が鼓膜を震わせた。
「ネル!」
 かつてよく聴いた、懐かしい声。間抜けな彼たちを当時のテスラは呆れた目で見ていたが、それを彼らは知っていたのだろうか。
(生きていたのか……)
「ペッシェ! ドンドチャッカ!」
 幼女がテスラの上から身を起こし、そちらに向かって駆けて行く。しばらく再会を喜んでいた三人だったが、やがてひとりがこちらに目を向けて、「あっ」と呟いた。
「どうしたッスか?」
 幼女が不思議そうな顔をすると、彼は必死で「いやっ」と顔の前で手を振った。
「何でもない、何でも……。ネル、そいつはどうしたんだ?」
「そこで倒れてたッス」
「もしかして……治しているのか?」
「そうッス!」
 幼女はにこにこと、自分の行動をなんら疑わない様子で仲間を見ている。残る二人は顔を見合わせた。
「ネル……そいつのことは放っておいた方がいいぞ」
「えっ、なんでッスか?」
「それは……うーん、それは……」
 無邪気な幼女の返答に、困ったような顔をする仲間たち。
 やっと体が動くようになったテスラは、痛む関節を叱咤して上半身を起こした。
「そうだ、僕の方は放っておいた方がいい」
「動けるようになったッスね!?」
「ああ、その……。とにかく、僕のことは放っておいてくれ」
 これからどうするか、テスラは何も決めていなかった。
 本当は、ノイトラが死んだ時点で死んだも同然の命だった。このままノイトラの後を追おうと思っていた。だが、それはできなかった。――彼女が、テスラの命を救ったから。
「僕はどうとでもなる。だから、」
 もういい。そう言おうとしたテスラの言葉を、幼女の強い声が遮った。
「駄目ッス!」
「……え?」
「駄目ッス! まだ治ってないのに……そんな体で動いたら……」
「……どうして僕を助けるんだ?」
「理由なんてないッス。ただ、倒れてるのを見たら、助けなきゃと思って……。それだけッス。本当に、それだけ……」
 ぼろぼろと涙をこぼしながら、叫ぶように言葉を重ねる幼女。それをぼんやりと見ていたテスラは、やがて、胸の奥がごとりと動くのを感じた。
『死んじゃ駄目。負けてもいいから、生き延びるのよ』
 込み上げてくる、熱い塊。それを抑え込んで、テスラは息を吐いた。
「ネリエル……」
「ネルはネルッス。あんたは?」
 幼女がそう名乗って、テスラの顔を見上げる。
 その頭にぽんと手を乗せて、テスラはぎこちなく微笑んだ。
「テスラです。……よろしく、ネル」







こんなことが起きてたらいいな妄想!

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