00部屋その六

□たった一つの絵を完成させるために存在するたった一つのピース
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 君はどうしてそんなにもノイトラに心酔しているんだい。
 お言葉ですがザエルアポロ様、貴方の言っている意味が私にはよく分からないのですが。
 分からない? そんなことはないだろう。君は彼に心酔している。いや、彼に命を捧げている。それくらいは自分でも分かっているだろう? 一体どうしてなんだい?
 どうしてそのようなことを?
 気になっただけさ。だってほら、あの女の下にいた頃、君たちは対等な存在だった。まあ、ノイトラはそうは思っていなかっただろうけれどね。でも、形のうえでの君たちには上下関係は存在しなかったはずだ。君も特別彼を敬ってはいなかったし、対等な口を利いていた。それがどうだい? あの女がいなくなった途端、君は彼の忠実な部下になった。自分の目玉すら投げ出すほどの、だ! 滑稽な話じゃないかい?
 それにお答えしろと?
 そうだよ。
 それは命令ですか?
 言いたくない理由でもあるのかな?
 ……私がノイトラ様に仕えているのは、自分がノイトラ様より劣った存在であると分かっているからです。
 そんなの自明の理じゃないか。昔から分かっていたことだろう?
 実力の問題ではありません。……私は中途半端な存在でした。あの女の気に障らないことを言い、ノイトラ様を怒らせない程度に宥めるしかできなかった。けれど、ノイトラ様は違った。ノイトラ様は貴方と組んであの女を追放することを思い付いた。何も考えず、ただ生きるためだけに生きていた私とは大違いです。だから私は決めました。私がノイトラ様のようになれないのであれば、せめて、ノイトラ様の役に立つ存在であろうと。
 それだけかい?
 はい。
 何だか興醒めな理由だねえ。
 それはそうでしょう。結局僕は、誰かに従うしか能のない存在なのですから。
 僕にはそれが、とってつけた理由のように思えるよ。
 それは貴方が十刃だからでしょう。凡庸な話はよくある話だからこそ凡庸なのですよ。
 随分と、知ったような口を利くね。
 お気に障りましたか。
 いいや、別に。君には怒る気も失せるよ。
 そうですか。……他に用事がないのでしたら、私はこれで。
 ああ、うん、なら最後に一つ。
 ……何でしょう?
 君はノイトラに従って生きているだけだと言ったけれど、あの頃と比べたら、確かに変わったよ。だって君、ノイトラ以外の誰のことも恐れていないじゃないか。
 ……そうでしょうか?
 君は自分で君を変えたんだ。ノイトラに一番役に立つ存在になるように。素晴らしいねえ、まったく。ノイトラが死んだら僕のところにおいでよ、研究材料にしてあげるから。ハリベルのところの女どもとどちらが先か、楽しみだなあ。
 そのときは一生来ないでしょう。
 ふうん。
 ノイトラ様が死ぬ時などありはしません。
 そして、君がノイトラを死なせることなど起こりはしない、と? そうか、やっぱり君が先に死ぬ気なんだ。
 当然でしょう。私はノイトラ様のために存在しているのですから。
 ……ウルキオラの虚無とも違う君の忠誠心は、君という存在を保つための狂信なのかな。
 それでは、私はこれで。
 僕はそれでもいいと思うよ、別に。要は君が幸せかどうかだ。幸せならそれでいい。幸せのためなら何をしても許されるんだからね!




 ガチャリ、と白い戸を開けると、部屋の中にはノイトラ様がいた。彼は長椅子に寝そべって眠っていて、身を起こす気配もない。……いや、実のところはきっと、もう起きているのだろう。霊圧に聡いノイトラ様が、誰かが近付いていることに気が付かないわけがない。それが私のものだと気付いたので放置した、ただ、それだけの話だ。ノイトラ様は、私が刃向かうことなど微塵も考えていない。それでいい、と思う。実際の話、私がノイトラ様に刃向かう日など永遠に来ないのだから。
「……紅茶でも、淹れましょうか」
 独り言のように呟いて、私は食器棚へと向かう。淹れる紅茶は一人分だけ。勿論ノイトラ様の分だ。
 ノイトラ様が私の霊圧を気に留めもしないのはきっと、私がノイトラ様にとってゴミにも等しい存在だからだろう。つまり、気に留める価値もないのということだ。でも、私はそれで構わない。ノイトラ様は一生気付かなくて良い。
 気付かれないほどに小さくて失っても支障のない、けれど、とても大事なピースで、私はいたい。






 でも多分きっと、ノイトラはちゃんと気付いてる。

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