00部屋その六

□僕らはまだその名を知らない
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「……いつかいなくなってしまいそうだな、お前は」
 ぽつりと狗木が呟くと、戌井はきょとんと目を丸くした。
「まあ、元々根無し草だし」
「そういう意味じゃない」
 首を振り、狗木は戌井を横目で窺う。虹色に染めた髪、たくさんのピアス。それからジャージ。やや童顔な顔に浮かんだ表情は享楽的で、そしてどこか厭世的にも見えた。
 この男はふらりと何処かへ消えてしまうのだろう、と狗木は思う。
 この男はきっと、ふらりと消えていなくなってしまうのだ。この世界の何処からも。そして、誰にも気付かれないように独りで死んでいくのだろう。
「お前は、自分の命を粗末に扱い過ぎる」
「狗木ちゃんに言われるとは思わなかったなあ。お前が言えることじゃないだろ、それ」
「真面目に聴け」
 狗木も確かに死へ向かって行きがちな面がある。それはよく言われることだ。それはきっと、人生に絶望するような経験をしたからだろう。
「俺はいつでも死ぬ覚悟ができている。だけど、お前はしていない。していないのに、一瞬で覚悟を決めてしまう。そういう奴だ」
「ふうん」
「だから、お前がいなくなる覚悟なんて、誰にもできない。……俺の場合と違って」
 戌井はきっと、狗木よりはるかに絶望を抱いているのだろう。だからそんな風に生きていける。狗木は無表情のままに死を選ぶだろう。口元には微かに笑顔を浮かべるかもしれないが。けれど、戌井はきっと笑顔で死ぬ。満足したような、安らいだような表情で。
「それで?」
「怖い」
「え?」
「お前がいなくなることが、怖い」
 二人は鏡に映った虚像同士。片方が消えてしまえば、もう片方はどうなるのか。そんなことは誰にも分からない。けれど、それはとても恐ろしいことなのだろうと、狗木は確かに感じている。戌井が死んでも、狗木は泣いたりしないだろう。けれど、確実に、その心は壊れてしまう。自分がそうなることを恐れているのか、あるいは戌井の消失を恐れているのか。そんなこと、狗木には分からない。分からないからこそ、怖い。戌井がいなくなってしまったら、一体自分がどうなってしまうのかが。
「いなくなるなよ、戌井」
 海面から顔を上げて告げた狗木に、戌井は鮮やかに色を付けた瞳を細め、腰に吊り下げた銃をそっと抜いた。
「りょーかい。まあ、俺が死にそうな事態に遭うことなんてないし、合っても死ぬ気は当分ないから、安心しとけって」
 自分の額にそれを突きつけながら笑う戌井の姿に、狗木は大きく目を見開いてから、自分の銃を抜く。
「ああ」
 互いの額に銃口を押し付け合って、それでも、二人は微笑んだ。片方は僅かに、片方は、柔らかく。
「死ぬなよ」
「それはこっちの台詞だ」
 それが互いの心に芽生えさせた想いの名を安堵と呼ぶのか、それとも別の何かなのか、二人はまだ、知らない。





某kさんのリアタイを見て衝動書き。どうにも恋愛的にならない二人ですが、気持ち的には狗戌です。戌井の方がそういう意味では受け身のような気がします。

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