00部屋その六

□本日、デート日和
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「じゃあ、明日の十一時に東口な!」
 そう言って手を振った紀田の言葉を断れなかったのは何故だろう。彼女――滝口はそう自分に自問する。まさかデートなんてことはないよなあ。口の中でそう呟き、彼女は小さく苦笑した。紀田は自分を女性として扱ってはいない。それは、彼の他の女子生徒に対する態度と自分に対する態度を比べれば一目瞭然だ。大体、紀田は園原杏里のことが好きなのである。滝口はそのことを知っている。
「デートの下見、とか」
 だが、女性らしい意見を求めて滝口を誘ったのだとしたら、それは間違いだ。滝口は自分が女性らしくないということを自覚している。さらさらとした茶色の髪、目立たないが整った顔、意外と良いスタイル。それらの視点から見れば滝口は十分に女性らしいのだが、生憎彼女はファッションにもメイクにも恋愛にも興味はない。好きなのは読書やゲーム、そしてネット。別にヲタクというほどではないが、自分の趣味が女性らしくないということは百も承知だ。現に彼女は、今日もいつもと変わらない格好をしている。Tシャツとジーンズとスニーカー。さすがに滝口もTシャツはお洒落なものを選んだ(滝口はTシャツの柄にはこだわる方だ)が、そこらを歩くお洒落な女性たちとは、その凝り方は比べ物にもならないだろう。滝口は、自分が興味のないものには金も時間も使わない主義なのだ。
 だから、先に待ち合わせ場所に来ていた紀田の言葉に、滝口は驚きを隠せなかった。
「良いな、滝口の私服姿」
 写メ撮ってもいい? と冗談まじりの声で言われても、いつもの淡々とした物言いは彼女の口から飛び出さなかった。不審に思った紀田がその顔を覗き込んでようやく、彼女は言葉を口にする。
「……どこが?」
「ナチュラルな感じとか。変に着飾らないとこが、滝口っぽくて良い」
「でも、全然女子っぽくないじゃん」
「滝口、気にしてんの?」
 キョトンとした顔で言われ、滝口は今度こそ本当に言葉に詰まった。彼女は服装に頓着しない性格だ。自分の格好や外見が他人にどう思われても興味がない。だから、他人の評価なんて気にしていない――はずだった。
「それは……」
「ま、でもそれで全然問題ないと思うけど」
 滝口の動揺にも気付かず、伸ばした手で彼女の毛先に触れた紀田は笑う。
「滝口は美人さんなんだから、そのままでも十分魅力的だぜ?」
 女性扱いするなだとか、いつもと態度が違うじゃないかとか、言ってやりたいことはいっぱいあった。けれど、滝口の口からやっとのことでこぼれたのは、それとは程遠い、いつもの彼女の言葉だった。
「それで、何処行くんだ?」
「んー、滝口の行きたいところ」
「……はあ?」
「だって、俺が無理矢理誘ったみたいなもんじゃん。何処に行くかは滝口の意見に合わせるよ」
「デートの下見とかじゃ、ないのか?」
「デート? 誰との?」
「園原さん、とか」
「違う違う! 俺は別に杏里と付き合ってるわけじゃないし」
 それに、と紀田は柄になく照れた顔で付け足した。
「俺的には、今日のこれがデート本番のつもりだったんだけど……」
 外見や普段の言動からは想像もできない彼の様子に、滝口は目を丸くする。だが、直にくすくすと笑い出し、俯いたままの紀田の肩を叩いた。
「じゃ、映画でも行こう。丁度観たいのあったんだ」
「え、あ、うん」
「でも今日は紀田の奢りな」
「ええ!?」
「嘘。それくらいは自分で払うって」
 そのまま歩き始めた彼女の背に、紀田が慌てたような声を飛ばす。
「いや、俺が払う!」
「え?」
「払うから、デートってことにして!」
 彼の言葉の意味を咀嚼した滝口の頬が、赤く色づく。だが、それを誤魔化すように、「分かった」と彼女は悪戯っぽく笑って見せた。
「じゃあ、デートにしよう」




本日、デート日和








やっちまった感溢れる捏造正滝♀。口調が分かりませぬ……。

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