00部屋その六

□太陽の真下
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 私は大馬鹿者なのだと心の底から思う。
 そう、本当に大馬鹿者だ。
 太陽が見えるだけで、太陽に照らされているだけで、太陽に愛されているだけで、良かったはずなのに。







太陽の真下








 最近のクレアさんはシャーネさん(クレアの婚約者だそうだ)の話ばかりする。
 確かに美しい人なのだろう。チックさんやマリアさんもそう言っていた。口は利けないそうだが、とにかく強い、らしい。芯の通った意志の強い女性というのは、素晴らしいと思う。そして、そのような女性でなければ、クレアさんとはやっていけないだろう。
 しかし、その女性も物好きな。
 よりにもよってクレアさんなんて。
 そんなことを思ってしまうのは、おそらく嫉妬ゆえだ。強い感情は好きじゃない。なのに、胸に湧き上がる感情を殺せずにいる。
 物好きは私だ。
 何でもないふりをして書類をめくる。デスクワークはもっぱら私の担当だ。ベルガ兄は戦闘専門だし、こういったキー兄に出すまでもないような書類は、すべて私がこなしている。
 クレアさんは、部屋の中央のソファで脚を組んで私を見ていた。
 いつもはうるさいぐらいに喋る男だ。なのに、今日は変に静かだ。
 もっとも、何故かということぐらい、分かっているのだけれど。

「……シャーネさんのことを考えているんですか、クレアさん」

 視線を上げずに私が聞けば、クレアさんが微笑んだことが分かった。

「ああ」
「そうですか」

 自分から聞いておいて素っ気ない返事だと思う。苛ついているのだ。理由は考えたくもない。
 クレアさんも同じことを思ったのか、真っ赤な眉を寄せたようだ。

「なんだよラック、お前最近俺に冷たくないか?」
「気のせいですよ」
「いいや、違う」
「違いません」
「そんくらい分かるに決まってんだろ。俺じゃなくフィーロでも分かる。幼馴染なんだから」

 そこまで苛立ちは表面化していたのだろうか。心中で少し戸惑いながらも、無理矢理にそれを隠した。書類をめくる。
 クレアさんが立ち上がった。
 私の苛立ちが伝染したかのように、不機嫌そうな顔をしている。

「ラック、」
「黙っていてください。仕事の邪魔です」
「何苛ついてんだよ」
「苛々してなどいません」

 子供のようだ。
 自分が情けなくて、泣きたくなった。

「それよりも、用がないなら出て行ってください。貴方は良いかもしれませんが、私は仕事中なんです。迷惑です」
「だって、お前はシャーネの話を聴いてくれるから、」
「他に誰だっているでしょう!」

 私は初めて顔をあげて、今日初めてクレアさんの顔を見た。全てを呑み込むような紅の目が、じっと私の顔を映す。
 しばらくして、クレアさんは笑った。
 いつものように、私に、太陽みたいに。

「なんだ、そんなことか」
「なんだって……」
「俺がシャーネの話ばっかするから嫉妬してたんだろ、ラック?」

 返す言葉もなかった。これ以上何か言ったら、余計に襤褸が出てしまいそうで怖い。
 黙る私とは対照的に、すっきりしたという表情で、クレアさんはぺらぺらと言葉を紡ぐ。

「そっか、そういや俺、ラックにシャーネの話ばっかしてたよな。うん、ごめん。でもさ、なんか俺幸せなんだよ。ラックが怒るとこってよく見るけど、ラックが嫉妬してるとこなんて、それこそ俺ぐらいしか見たことないだろ? 俺しか見れないラックが見れるのって、俺だけの特権だよな。そう考えると、ラックの今までの態度も全部許せる。いや、ラックは俺の世界の一人なんだから、元々許すんだけどな」

 意味が分からない。
 私はクレアさんの顔をねめつける。すると、彼はそれに気が付いたかのように、背を屈めて私と視線を合わせた。
 太陽が輝く。

「大丈夫だって、俺は、ラックのこともちゃんと好きだから」

 ラックのこと、も。
 ああ、太陽に照らされているというのに、私の心は凍てついてしまった。
 だけどそんなの微塵も見せずに、呆れたように私は微笑んだ。








「まったく、貴方の思い込みにも困ったものですね、」







 
(も、じゃ駄目)
(貴方の一番になりたかった)
(なんて、女々しい)

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