00部屋その六

□Dance・Spring・Dance
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「クリス、何してるのさ」
「花を見てるんだ。綺麗じゃない? この花」
「……別に」


 クリスの右手が、リカルドの小さな左手を包み込む。
 そんな風にして、二人は野原を歩いていた。


「そんなことより、クリス、早く行こうよ」
「んー、ちょっと待って」
「オレ、お腹すいたんだけど」
「分かった、分かった」


 リカルドの学校帰り、車を運転していたクリスが言い出した一言。


『折角だから、春を満喫しない?』


 当然、二人とも容易も何もしていなかった。だけど、近くの道に車を止めて、二人はこの野原へと足を踏み入れた。
 リカルドは制服のまま、クリスはいつもの貴族のような服のまま。
 白い蝶が舞って、リカルドの頭に止まる。彼女が気付かずに歩き続けていると、クリスが優しく目を細めた。


「リボンみたいだね」
「……何が?」
「頭に蝶が止まってるんだ。あ、動いちゃ駄目だよ」


 言われたリカルドが立ち止まると、ふわり、と超はリカルドの頭を離れていく。クリスが名残惜しそうに呟いた。


「あーあ、行っちゃった」
「止まれって言ったのはクリスだよ」
「だから余計に残念だったんだよ」


 大袈裟に嘆いて見せるクリスの手を引いて、リカルドが歩みを再開する。さく、と音がして、靴に踏まれた花の花弁が宙を舞った。
 稲穂色の髪に、柔らかい花がよく映える。
 天使のようだ。思わずそう考えたクリスは、包み込んでいた手を、添えるように変えた。


「ねえ、リカルド」
「なに、クリス」
「踊ろう」
「……はあ?」


 怪訝そうに眉を寄せる少女に構わず、クリスは彼女の両手に手を添える。そして、即興の歌を口ずさんだ。
 リカルドが少し笑う。


「クリスの歌、相変わらず変だよね」
「そうかな? 良いから踊ろうよ」
「オレ、踊ったことないよ」
「僕もだよ。それっぽく踊れば、踊りになるって」


 ワルツ。

 ゆったりと踊れば、辺りの花弁が宙を舞う。幻想的な彩りに包まれる中、小柄な体がくるくると回る。
 通りがかりの者が見れば、少年と怪人の踊りに見えたかもしれない。
 しかし、見るものが見れば、それはボスと部下なのだ。
 そして、親友同士――いや、もっと言葉では表現できない、何かと感じただろう。


「こうしてるとさ、リカルドって天使みたいだよ」
「……呆れるね、その頭」
「ここは照れるとこなんだけどなあ」


 クリスの腕がリカルドの体を軽々と持ち上げる。驚いたリカルドがその腕にしがみつけば、彼女を持ち上げたまま、彼はくるりと回転して見せた。
 すとん、とリカルドが地上に降りると同時、ダンスは終幕を迎える。
 また右手と左手を繋いで、クリスが微笑んだ。


「帰ったらマドレーヌでも食べよっか」
「クリスが作るものなら何でも良いよ」
「とっても嬉しいこと言ってくれるよね、リカルドったら」




 二人は歩く。
 ひらひらと舞う花弁は、二人のためだけに微笑んでいた。













 

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