00部屋その六
□酒と下戸
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同性愛カップルの女役が酒に弱くてすぐに潰れるというのは、王道的設定だと思う。
俺の恋人兼上司兼色々であるグラハムさんは、その設定を、まさに地で行くぐらいに下戸である。
……まあ、一滴の酒でも酔っ払うってのは、流石に行きすぎかもしれない。
騒ぐだけ騒いで奇行に走って俺たちを散々振り回し、最終的にへとへとの俺たちを尻目に眠りにつくというのも、正直あまりやらないでほしい。
そんなわけで。
今日もいつものようにはしゃぎまくり、俺らを疲弊させ、グラハムさんはすやすやと眠っていた。
俺の背中に体を預けて。
「ほんっと、勘弁してほしいよな……」
今日のグラハムさんの酒乱っぷりは、それはそれはすごかった。
まず、定番の長口上。いつものことのように見えて、酔っているときのそれは普段の倍ウザい。妙に長く、いつもを上回る脈略のなさで話がとび、もう何を言っているのかすら分からない状態へと突入する。が、俺たちが流していることに気が付くと、すぐさま手を出してくるのだ。勿論、リミッター前回のパワーで。
その後は、よく分からないけど踊り出す。一通りそこらを駆けまわり、時には知らない人間と衝突し、そして最終的には、他人様の車へと走り寄ってくる。こうなったら、全員が命を賭けて止めに行く。
何しろ、グラハムさんにとっての車とは、乗り回すものか解体するものなのだ。そこには、他人のものであるとかいう考え方は、一切存在していない。
そして、酔っぱらったときの場合は、大抵後者の方。
綺麗に分解されちゃあ全員が困るので、せめてグラハムさんは困らないように、と、精一杯止めに行く。
「俺を止めるのか! この俺の情熱を! お前らは分からないのか!」
などと訳の分からないことを言いながら振り回されるレンチを受け、全身が悲鳴を上げ始める頃。
暴れるだけ暴れたグラハムさんは、電源が切れたかのように、眠りへと落ちていった。
「まったく、この人は……」
現在、人の苦労なんて露ほども知らない無邪気な顔で、ぐっすりと眠りこけるグラハムさん。恐ろしいほどのスピードで帰って行った他の奴らのせいで、俺がこの人を運ぶ羽目になっている。
……いつものことだけど。
そして、他の人間に任せたくないから、わざと逃げ遅れるのだけど。
グラハムさんの作業着のポケットから手探りで鍵を取り出し、ガチャリ、と家のドアを開ける。落とすからやめろと言っているのに、バッグを持つつもりは毛頭ないらしい。いざとなればドアノブを分解してしまえば良いとか、そんなことを思っているのだろうか。思っているのだとしたら、本当の馬鹿だ。
グラハムさんを背負ったまま鍵を掛けて、部屋の隅のぐちゃぐちゃのベッドへと、グラハムさんを乱暴に投げ落とす。ぐぅ、とか何とか呻く声が聞こえたけど、目を覚ました様子はなかった。
これにて任務終了。
そのまま帰ろうかとも思ったが、何となく、ベッドサイドに腰掛ける。
「寝てる時だけは、大人しいんですから」
足もとに放り出されていた毛布を手にとって、静かにかけてやる。そうするとグラハムさんが少し身じろぎして、何だか、ひどく幸せな気持ちになった。
満ち足りて、幸福だと思う。
だってグラハムさんは、昔のように目を覚ましたりしない。野生動物が本来身に付けている能力のように、グラハムさんは気配に聡いのだ。出会って間もない頃は、こうして家に連れて帰るだけで、レンチで絞殺されそうになったりもした。
時は経ったのだ。
それも、決して無駄にではなく。
少し傷んだ金糸を撫でる。隠された瞼を晒して、長い睫毛を一本一本目で追っていく。
堪らなく愛おしくなって、身を屈めて口付けた。
この人が好きだ。どうしようもないほどに狂おしい。それは恋愛感情であり、そして、その他のすべての「好き」という感情を寄せ集めたものよりももっと、大きい。
もう一度キスをする。
このままこうして、そして朝を迎えよう。目を覚ましたグラハムさんの寝呆けた顔が見たい。間抜けな顔ですよとからかってやりたい。また殴られるだろうか。殴られるのなら、それで良い。
ただ、過ごせるだけの時間をずっと、シャフトとして傍にいたい。
―アトガキー
満ち足りたシャフトです。
報われる話……とか考えていたら、何だか片思いちっくになってしまいました。両思いです。二人は恋人同士です。
ゆったりとした時が流れていくのって、素敵だと思うんです。
当たり前のように傍にいて、変わらない日常を過ごして、飽きるほどにその顔を見つめて。それでも愛おしくなるばかりなのって、素敵ではありませんか?
自分の想いに突っ走ってすみませんでした。
久々のシャフグラだったので、どきどきしながら書きました。
とっても楽しかったです!
この話は、リクエストをくださった方のみ、お持ち帰り可とします。
ちなみに。
タイトルは、東京事変の「娯楽」収録曲、「酒と下戸」より。