00部屋その六

□恋に堕ちたら
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 ねぇ、ヒューイ様、もし僕が恋をしたって知ったらどうする? それも、相手が男だって言ったら?
 もしかしたら貴方は、それも全部知ってるのかもしれないよね。
 あぁ、じゃあ、僕は恋をするように造られたのかな? 僕がこうして好きになっちゃったのも、全部予想通り?
 それじゃあ、面白くないなぁ。
 とにかく、僕は恋をしたんだ。
 相手?
 ヒューイ様なら、分かるんじゃないかな。
 彼だよ。僕の好きな人は。










「オイ赤目」
 ばくばくとビスケットを食べていたグラハムが、口の端にその欠片を付けながら口を開いた。
「なに、グラハム?」
「リカルドの坊ちゃんはどうした?」
「君、頭悪いなぁ。リカルドは学校だよ」
「あぁ、そうか。坊ちゃんは学生なのか。駄目だ、俺みたいに常に頭がフル回転している男は、すぐに物事を忘れてしまう! あぁ、なんて悲しい、悲し話だ! それでは脳が回転している意味がない! しかも今になって気が付いた俺が馬鹿みたいだが、いや、実際に馬鹿なのかもしれないが、脳は回転するもんじゃない!」
「それ、ただ単に忘れっぽいだけなんじゃない?」
 机に頬杖を突きながら、クリスはグラハムの言葉に相槌を打つ。
 部屋の中にはこの二人だけ。リカルドは学校、使用人は買い物。今日はグラハムも一人の様子で、シャフト(彼がシャムであるということを、クリスは知っている)は一緒にいない。
 しかし、二人だけの空間なのに、不思議と会話が成り立っている。
 変わったこともあるもんだ。そう思いながら、クリスはグラハムの話を聴いていた。
「そういえばさぁ」
「なんだ?」
「グラハムって、綺麗な顔してるよね」
 何気ない一言。グラハムは眉を寄せて、気持ち悪いものを見るような顔でクリスを見る。
「何のつもりだ?」
「何となく」
「気持ち悪いぞ、お前!」
「そりゃどうも」
 実際、グラハムは整った顔をしている。
 目は大きいし、肌は白いし、びっくりするぐらいに艶やかな髪を持っている。よく見れば睫毛も長いし、鼻筋も通った顔だ。
 まるで神に愛されているような、自分とはまた違う意味で人間らしくない顔だ。しげしげと彼のことを見ていたクリスは、改めて自分の目の前の男のことを考える。
 羨ましい、と思っているわけではない。クリスは望んで今の姿になったのだ。
 しかし、何なのだろう、この感情は。
「ねぇ、グラハム。君って、恋したことはある?」
「恋? したことあるに決まっているだろう。俺は大絶賛あの緑の姉ちゃんに一目惚れだ」
「ふうん。やめといた方が良いと思うけどね」
「何故だ? もしかしてお前は、あの姉ちゃんのことが好きなのか!? そういや何だか知り合いっぽいし……何てことだ! 俺に自分の好きな人のことを取られたくないから、牽制しようと!?」
「違うよ。シックルは僕の家族だから」
 やんわりと否定してから、クリスは微笑む。
 何処か寂しげに。
「恋したことがあるんなら、僕の相談に乗ってくれない? 僕の、初の人生相談に」
「む。もしかして初恋か?」
「まあそういうとこだね」
「良いだろう。乗ってやろう」
 興味津津といった感じで、楽しそうに身を乗り出してくるグラハム。
 その口の端の欠片に目を遣りながら、クリスはゆっくりと口を開いた。
「僕の好きな人はさ、」










 告白はしたのかって?
 まだだよ、ヒューイ様。告白出来てないんだ。
 だって、振られるのが怖いからね。
 僕は彼とは好敵手でいたいんだ。戦いで結びついている、そんな関係で。
 こんな感情、要らなかったなぁ。そう思ったりもしたんだけど、そう言ったらグラハムに怒られたよ。
 感情は否定しちゃ駄目なんだって。
 面白い人だよね、本当。
 ともあれ、僕は恋をしました。美しき好敵手、仲間にして敵、グラハム・スペクターにです。
 どうなると思う?
 貴方の実験のためにも、僕、頑張ってみようと思うよ。












 

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