00部屋その六

□我儘な私
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「おかえりなさい、夜一サン」
 そう言って出迎えた浦原に、夜一はニッと笑ってみせた。
「ただいま帰ったぞ、喜助」
「夕食の用意はすっかりできてますよ」
「そうか。それは楽しみじゃ」
 浦原の作る料理がとても美味しいことを、夜一は知っている。浦原は和食も洋食も作れる。高カロリーなものが好きな夜一の要望にも、全部答えてみせるのだ。
 狭い廊下を抜けると、目の前には食堂がある。新婚カップルの家とでも言うべきこの家を選んだのは、浦原の方だった。彼は一度決めると意見を変えない。あれこれ見ていた夜一が結局意見を曲げて、今の家になった。
「喜助の料理は美味いのう。喜助、お前は良い婿になるぞ」
「自分としては、夜一サンの婿のつもりなんですけどねえ」
「ふん、まだまだ修行が足らんわ。商売も安定しておらんしのう」
「浦原商店のことは、そういうもんだと諦めてください。夜一サンが働いてくれるから、今のところは大丈夫ですよ」
「ほれ、そうやって儂に頼る」
 そこがいかんのじゃ、と語りながら、夜一はご飯を頬張った。浦原の作る料理は今日も美味しい。
「二人揃って働く、それが理想じゃろう?」
「それについては、アタシは反対ですね。いいじゃないですか、女が働いて男が食事を作っても」
「むう……。食事については確かにそうじゃが、砕蜂も、『女に働かせて何もしない男は論外だ』と言っておったぞ」
「気が強いですねえ、二人とも……」
 夜一のお代わりを茶碗に盛って、浦原は苦笑する。それから、こつん、と夜一と額を合わせた。
「人それぞれでいいじゃないですか。この生活もいつまで続くか分かりませんし」
「喜助……。儂は一生でも良いと思っているぞ」
「それはまた状況次第ですよ」
 のらりくらりとかわす浦原に、夜一は不満を顕わにする。そして、ガチャン、と味噌汁の入った椀を置いた。
「儂は……儂は、このままがいい」
 子供じみているのは分かっている。
 それでも、夜一はそう主張せずにはいられなかった。
 そう主張せずにはいられないくらい、浦原のことが好きなのだ。
「夜一サン」
 そう言って、浦原は夜一の髪を撫でた。
「いつか意見が合う時が来ますよ」
 来ないだろう、と夜一は思う。
 浦原の言うことの方が、正しいのだ。いつ自分たちを狙う追手が現れるか分からない今、こうして平和に家族ごっこをしていられることさえも、奇蹟にひとしいのだから。
 でも。
 夜一には、子供の我儘を吐くほかない。
「喜助……」
「何ですか、夜一サン」
「この味噌汁、しょっぱいぞ」
「あら、それは失礼しました」
 夜一の何もかもを見通したうえで、浦原は、からからと笑う。
 ずるいなあ、と、夜一は思った。









リクエストしてくれた後輩みるく君に捧ぐ!

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