00部屋その六
□波←静←臨←波続き物
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「臨也? いるの?」
家に入って早々に部屋の電気を点けた波江は、自らの雇い主が机の上に突っ伏しているのを見て、そっと目を細めた。
「あら……寝てるのかしら」
返事はない。
それを返事と受け取って、波江は鞄を床に置いた。
「まったく、こんなところで寝たりして……」
呆れたため息をついた彼女は、隣のベッドから毛布をはぎ取ると、優しくそれを臨也の体に被せた。
「風邪引かれると困るのはこっちなんだから」
呟いた言葉は、半分本音、半分建前。どんな時でも彼女は、雇い主に弱味を握られるようなことはしない。
白い肌、血の気のない頬。無防備に晒されたそれに、波江の視線が行く。気付いた時には、彼女の手が臨也の頬を撫でていた。
「臨也……」
そっと名前を呼ぶと、ううん、と甘い声がする。どんな夢を見ているのだろうか。きっと彼の大好きな人間の夢なのだろう。そう思うと波江の胸は震えたが、もう慣れたそれは、表まで現れなかった。
白い手が、同じく白い頬を滑って行く。その手が唇に辿り着いたところで、ゆっくりと臨也の唇が動いた。
「シズちゃん……」
波江は急いで手を引き揚げさせた。
驚いたのではない。そのままにしていると、綺麗な顔を壊してしまいそうだったからだ。
波江は知っている。
自らの雇い主が、本当は誰に恋しているかを。
知っているが、それを決して自らの雇い主に話したりはしない。臨也の方も、波江が気付いていることなどお見通しだろう。知っているから、思わせぶりなことを言うのだ。
「臨也、」
波江はそっと、雇い主の名を呼ぶ。
そして、このまま横にいたい思いを我慢して、その部屋から引き揚げた。
やっちゃいました。続きます。