00その弐
□私が貴方の一番
1ページ/1ページ
紀田君は、地元にいた頃から人気があった。
優しくって、面白くって、一緒にいると楽しくって、でも、同時に誰にでも気を遣ってくれて。
そんな紀田君は、私の憧れだった。
紀田君みたいになりたいと、心の何処かで思っていた。
「竜ヶ峰さんって、紀田君と仲良いの?」
同じクラスの女の子にそう訊かれ、私は携帯から顔を上げた。
「え……どうして?」
「だってほら、いっつも一緒に帰ってるし」
「園原さんも一緒の時が多いけど、時々二人で帰ってるよね?」
好奇心と、それから、ちょっと嫉妬が入り混じったような声。この声を向けられることにも、もう慣れた。
地元にいる頃は、クラスも一つしかなかったから、紀田君はみんなの人気者だった。紀田君はみんなと仲良しで、彼のことを好きな女子もたくさんいたけれど、その中で誰が特に仲が良かったわけでもない。だから、嫉妬ややきもちなんて、ないみたいなものだった。
でも、ここは違う。
紀田君は隣のクラスの男の子。部活も入っていないから、うちのクラスで関わりがあるのは同じ委員会の人だけ(ナンパされた人は別)。紀田君のことが好きな子は、だからだろう、どうやら私のことが羨ましいらしい。
私を羨む要素なんて、何処にもないのに。
「幼馴染……だから」
こういうとき、私はいつも決まってそう答える。
「地元が一緒なの。紀田君は中学からこっちだけど、私は高校でこっちに来て、それで、偶々同じ来良に入って」
こういうとき、約束した、なんて言っちゃ駄目だ。何冊も読んだ少女漫画で、私はそれを学習した。余計な噂を増やすだけ、らしい。
「そうなんだあ」
「じゃあ竜ヶ峰さん、紀田君のメアドとか知ってるの?」
「うん、一応」
「教えて!」
赤外線赤外線、と女の子の一人が携帯を取り出す。じゃらり、とストラップが揺れた。
「えーっと、じゃあ、一応紀田君にメールしてみるね。了解とって、明日送るよ」
「本当!? 楽しみー!」
「紀田君、きっとOKすると思うよ。あ、私今日ちょっと用事あるから、これで」
「うん、また明日ねー」
「ばいばーい」
「うん、ばいばい」
逃げだしたのかもしれない。
私が紀田君のメアドを訊かれるのだって、よくあること。私と紀田君がただの幼馴染だと知って女の子たちが安心するのも、よくあることだ。
でも、ちょっと胸が痛む。
紀田君がいるから、私はみんなに声を掛けてもらえる。紀田君のおかげ、なのかもしれない。だけど、嫌なのだ。
紀田君のメアドがどんどん広がって、たくさんの女の子たちが紀田君のメアドを知ることが。
……紀田君が、私以外にもたくさんの女の子とメールすることが。
「わがまま、かなあ」
教室を出て、ため息をついて呟く。
「なーにが?」
すると、たった今話題に出ていた紀田君の声がしたので、私はびくりと立ち止まった。
「……紀田君」
「帝子ったら、女の子に大人気じゃん。嫉妬しちゃーう」
「人気なのは、紀田君の方だよ。私が話しかけられたのも、紀田君のメアドが訊きたい、って言われたからだし」
私と紀田君の関係のことが聴かれたことは、秘密。今までも言ったことはない。
それなのに、紀田君はニッと笑って、私の顔を覗き込んだ。
「俺と帝子の関係を訊くため、でもあっただろ?」
「……え?」
びっくりして、紀田君の顔をまじまじ見る。「見つめないでくれよ、ドキドキしちゃうじゃないか!」なんて芝居臭く言った彼は、でも、と誰もいない階段で私を振り返った。
「俺さ、全部知ってんだよ」
「……全部って?」
「女の子たちが俺のメアドを聴くために帝子に話しかけてるってことも、俺と帝子が付き合ってるって噂なことも」
「待って、それ私知らな、」
「俺のメアドを教えるとき、帝子がちょっと寂しそうなことも」
紀田君が笑う。
私はと言えば、心臓が止まるような気持だった。
「紀田君、」
「俺さ、帝子が嫌だって言うなら、メアド、他の子に教えないぜ? 帝子が伝えにくいんだったら、俺からその子にちゃんと伝える」
「……どうして。紀田君、女の子好きなのに」
「そりゃあ好きだけどさ、でも、」
いたずらっぽい彼の笑顔は、私の顔を真っ赤にした。
「それで帝子を悲しませちゃうんじゃ、男失格じゃん?」
持っていたカバンが、手から滑り落ちる。
「おっと」
それをすかさずキャッチした紀田君は、俯いた私を心配したのか、「帝子?」と言いながら階段を上がって来た。
「おい、どうした? 帝子?」
紀田君が、私の名前を呼ぶ。
「……何でもない、」
その声に、何だか目も顔もあっつくなって、
気付いたら、涙が落ちていた。
「え、帝子!? 俺、何か泣かせるようなこと言った!?」
「ううん、……言って、ない」
「じゃあ、どうして」
「わたしが、泣いた、だけ」
私が勝手に、喜んだ、だけ。
だって、それって、どんな女の子よりも私のことが一番大事、ってことだよね?
うぬぼれでも、いい。
涙が出てしまうくらい、嬉しかった。
「……その、泣かれると、なんていうか、困るなあ……みたいなさ。せめて何で泣いてるか教えてくれよ」
「ひ、……み、つ」
「ええ!?」
「大丈夫だから、気にしないで、」
私の前髪をかきあげようとして伸ばされた紀田君の手を、ギュッと握る。
「帰ろう」
涙がぼろぼろ落ちているのを知りながら、私は微笑んだ。
「帰ろう、紀田君」
あの後紀田君は、歩きながら涙を流す私の手を引いて、家まで送ってくれた。
その体温を感じながら、私は考えた。
こんな風に紀田君が手を繋ぐのは、私だけ。紀田君の一番近くにいるのは、私だ。
だから、怖くない。
紀田君が、他の女の子にメアドを教えるのも。
「紀田君……やっぱり、紀田君が嫌じゃなかったら、明日、あの子に紀田君のメアド送るね」
「嫌じゃないけど……どうして、」
「それは……秘密、かな」
うぬぼれでもいい。
私は紀田君の一番近くにいる。
だから、紀田君が他の女の子と仲良くなるのだって……こうして紀田君が私のことを思ってくれているのなら、怖くなんか、ない。
後書き。
少女漫画!笑
アンケでリクのあったにょた帝人受けを書いてみました。帝子ちゃん……私の表現力では表現できませんが、私の中では超可愛い田舎娘です……。
正帝♀でも帝正♀でも最終的に少女漫画しか書けません。真面目っ子とおちゃらけっ子のコンビが大好きです!
あと私、正臣の一番のモテ期は中学だったと信じております。小学校はね、運動ができておちゃらけた奴がモテるの! 顔が良くって面白い正臣みたいな子がモテるのは中学なの! ……大阪では(笑)
にしても、私のネーミングセンスはどうにかならんのでしょうか。帝子ちゃんって……。
素晴らしいリクエスト、ありがとうございました!