00その弐

□進め、恋する乙女!
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(……ヒューイ君、今日も格好良いなあ)
 いつもと同じ、教室の中。
 いつものように、モニカは授業そっちのけでヒューイを見つめていた。
(髪、さらさらだし……睫毛も長いよね。マッチ何本乗るのかな)
 勿論、彼女の熱烈な視線にヒューイは気が付いている。しかし、あえて知らぬ振りをし、手元の本に没頭している風を装っていた。
(ヒューイ君、何を呼んでるのかな。科学? それともこの前みたいに哲学の本?)
 彼が手に持つその本に、モニカは想いを馳せる。この前見せてもらった本は、彼女には訳が分からなかった。けれど、分かったこともあった。
(ヒューイ君は、すごい)
 そう思うと、彼女の視線に更に熱がこもる。視線の先のヒューイは、ふと本から顔を上げたかと思うと、大きな金の目をゆっくりと細めた。そして、
(欠伸……してる)
 それは、モニカが初めて見た光景だった。
 授業中はいつも本を読んでいたヒューイが、本から目を離し、欠伸をしている。長い睫毛は伏せられ、その隙間からは少しの涙がこぼれ落ちていた。
(ヒューイ君……可愛い……!)
 授業中にも拘わらず顔を真っ赤に染め、ここにいるのが自分一人であれば叫び出しそうなほどにテンションを上げるモニカ。ヒューイは既に欠伸をやめて読書しているが、彼女の脳内には欠伸をした瞬間の彼の表情が焼き付いて離れない。
(どうしたのかな……寝不足? でも働いてはいないはずだから……夜遅くまで本を読んでいた、とか?)
 本当なら今すぐ本人に訊きに行きたいくらいなのだが、彼女とヒューイが座る席とは離れており、それは叶わない。いくら恋するモニカでも、授業中に無駄に立ち歩くことなどできはしないのだ。
 すると、彼女の疑問を代弁するかのような声が、ヒューイの隣から聴こえた。
「ヒューイ、寝不足?」
 彼の隣の席に座ったエルマーである。
 ヒューイの度重なる「ウザい」という言葉にもめげずに毎回彼の隣の席を陣取るエルマーは、今が授業中であることなど気にしていない。ヒューイの顔を覗き込むと、いつもの笑顔で続けた。
「珍しいな、ヒューイが欠伸するなんて」
 その言葉に、ヒューイはちらりと視線を上げる。
「俺だって夜更かしすることくらいはある」
「何してたんだ? 読書?」
「……そういうところだ」
「ふうん。その本面白い?」
「まあまあだな」
「ちぇっ。面白いって言ったら、笑えば良い、って言えるのに。まあいいや、ヒューイ、もうちょいこう、口の両端を持ち上げて」
「……」
「無視かよー」
 後半の方になるとヒューイは本に視線を戻しているが、エルマーはそれを気にすることはない。彼は、そしてモニカも知っている。ヒューイが本当は彼の話を聴いているということに。
「あ、モニモニこっち見てる。おーい」
 モニカの視線に気が付いたのか、エルマーがひらひらとこちらへ手を振る。
「あ、うん」
 顔を真っ赤にして手を振り返したモニカは、こちらを見もしないヒューイが、けれど確かにこちらを意識していると思って更に顔を真っ赤にした。
(……エルマー君は、ずるいなあ)
 エルマーが何かするだけで、ヒューイはそちらに意識を向ける。本人は無意識なのかもしれないけれど、モニカの目から見ればそれは明らかだ。
(ヒューイ君のあんなに近くにいて、話を聴いてもらって……。ヒューイ君が一番気にしているのも、エルマー君が一番気にしているのも、お互いなんだもの)
 モニカが一番気にしている存在だって勿論ヒューイだ。けれど、ヒューイは然程こちらに注意を払ってはくれない。
(良いなあ……エルマー君とヒューイ君は両側通行なのに、私だけ一方通行みたいで)
 隣に別の生徒がいることなど構わずため息をつき、モニカは(まさか)と顔を上げた。
(エルマー君も、ヒューイ君のことが好きなの……!?)
 思い付いたと同時、今までにないくらい顔が熱くなる。
(ま、まさか)
 否定しようとするが、いや、否定したいと思うが、心とは裏腹に脳は暴走し始めていた。
(でも、そうだとしたら……。だから、エルマー君はヒューイ君にあだ名を付けない、のかな? 一番好きだから、だから……)
 がつん、とショックを受けたモニカは、思わず服の端を握り締める。
(今、一番ヒューイ君に近いのはエルマー君だ。だから、もし本当にエルマー君がヒューイ君を好きだとしたら……)
 力のこもり過ぎたドレスは、破れる寸前だった。
(エルマー君に、ヒューイ君をとられちゃう)
 それは嫌だ、と彼女は思った。自分の方がずっと前からヒューイのことを好きなのだ。渡すわけにはいかない。
(頑張ろう)
 ドレスから手を離したモニカは、机の下で拳を握り締めた。
(私はエルマー君みたいにはできないけど、でも、私なりの方法で頑張れば、)
 それは、恋する乙女の宣戦布告だった。
 一方的な、実際には成り立ちえない、宣戦布告だった。
(エルマー君には渡さない!)
 そして彼女は決める。この授業が終わったら、絶対にヒューイの元へと向かうことを。そして、エルマーが尋ねなかった本の内容を、ヒューイに説明してもらうことを。






勘違い恋する乙女は可愛いよね!という話です。
モニカ可愛いよモニカ。思い込みが激しい恋する乙女は常識なんて分かりません。
でも私的にもエルマーはライバルだと思いますよ!←

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