00その弐
□太陽と月
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「呉用様」
女中に声をかけられ、彼――呉用は足を止めた。
「はい?」
「ここに」
言いながら女中が指さしたのは、自分の首筋の辺り。まさか、と思って鏡を覗き込んで見れば、服の襟に隠れるか隠れないかの微妙な位置に、鬱血――所有の証。
「……っ!」
赤くなりながらそこを手で押さえる。
「ありがとうございます、」
そう言って早足で立ち去りながら、彼は口の中で呟いた。
「まったく、あの人は……!」
長椅子に寝そべり、のんびりと書物を読んでいた晁蓋は、ふわあと大きく欠伸した。だらだらと寝台で抱き合っていたからか、寝不足気味だ。とはいえ、二日酔いになれている彼にしてみれば、そう不調ではない。
それよりも、そろそろ気付いたかもしれない恋人の姿を思い浮かべれば、独りでに笑みがこぼれる。
「どんな顔してんだか」
目蓋の裏に描かれるのは、少女のように初々しい顔を赤く染めた姿。はっと驚いた姿は、自分と体を重ねているという事実とはあまり一致しない。
可愛い恋人だ、と晁蓋は思う。そして同時に、俺もまだガキだな、と。
牽制の意味はある。呉用は整った顔立ちをしているし、保正である晁蓋と仲が良いのは周知の事実であるから、それを狙って女が近寄ってくる可能性もあるのだ。女に色目を使われて動揺する呉用というのは確かにそれはそれで面白いのだが、しかし一方で気に食わない。向こうが本気なら尚更だ。いっそ自分たちの関係を公にしてしまおうかと考えたことすらあるが、そうすれば世直しどころではなくなると気付いたので、とりあえず保留にしている。
それに、何より――。
晁蓋は、呉用の怒った顔が好きだった。
子供たちに向ける優しげな表情ではない、対等の立場だからこそ見ることのできる表情。一度軍学のこととなれば冷たさすら覚える表情を見せる呉用が、所有印一つで生娘のような顔をして見せるのが、晁蓋にとっては嬉しい。そういう関係にあるのだと、再認識できる。
決して彼を信じていないわけではない、けれど。
「ガキだよなあ、俺も」
好きな子に悪戯して気を引かせたい子供と同じ心理だ。
自分のことを見ていてほしい。子供のことを考える彼の優しげな表情も、策を考えるときのぞくりとするほどに冷ややかな顔も好きだ。けれど、その頭を一瞬でも多く自分のことでいっぱいにしておきたい。
手に触れた艶やかな黒髪を、滑らかな肌を思い出す。
あれに触れて良いのは自分だけだ。他の誰にも、たとえ呉用にその気がなくとも触れさせたりはしたくない。独占欲が、チリリと胸を焦がす。
いっぱいにされているのは俺の方かもしれないな、と思って、彼は微苦笑した。
「今晩も呼び出すか」
ただ、今度はできるだけ喋るつもりだ。昨晩はがっつき過ぎた。
『晁蓋殿は偶に子供みたいです』
大人びた笑みを見せて言われた言葉を思い出す。
呉用は優しい。まるで夜に出る月のように、結局は晁蓋の全てを許してしまう。それを分かっていてやっている晁蓋も晁蓋であるが、彼の光はとても心地が良かった。
月のようだ、と再度思う。
決して強く主張するわけではないが、しかしなくてはならない存在だ。
「あー、抱きてえなあ」
こんな性質の悪い子供がいて堪るものか。自分でもそう思いながら、呉用の顔を思い描いた。
恥ずかしい人だ、と呉用は思う。
所有欲と独占欲は人一倍で、まるで子供のようだ。それでいて行動力やその他は大人の男も良いところなのだから、腹が立って仕方がない。
だけど、それに惹かれたのもまた事実。
自室の寝台に腰掛け、何とかして首を隠すことができないかと奮闘をする。髪を下ろしてしまえば良いのだが、そしたらまた女のようだと生徒にからかわれそうだ。
「はあ……」
こちらの迷惑も顧みず、自分の感情だけで行動する。本当に、子供のような。
そこまで考えて、呉用はふっと笑った。
自分にはないそういうところに、惹かれたのだけれど。
「恥ずかしい、なあ」
晁蓋と呉用は全く違った。それでいて、互いの欠けている部分を埋め合わせる欠片を持っていた。
そんな眩しい彼に、太陽のようなところに、惹かれたのだ。
呉用は目立つ方ではない。晁蓋のように初対面の人間にも通用する魅力を持っているわけではないし、戦いも全くと言って良いほどに出来ない。
だからこそ、晁蓋に惹かれる。
自分にはないものを持ち、その温かさで自分を包んでくれる、彼に。
「会いたい」
思ったことが気付けば口に出ていて、自分でも呆れる。昨日の晩、飽きるほどにその顔を見たばかりなのに。
だけど、やはり会いたかった。
悪戯をする子供のような、それなのに男臭さを漂わせる余裕の笑顔で、笑って名前を呼んでほしい。ただ、それだけなのだ。
―後書き
こいつらマジ恥ずかしいんですけどおおおおおお!!!!
AKABOSHIの晁呉とのリクエストでした。
晁呉同志様を発見できてワクワクしながら取りかかりました。広まれ、晁呉の輪!
手元にジャンプがないから妄想捏造しまくりです。あー、楽しかった! らぶらぶな二人は楽しかった!