00その弐

□鏡の向こう
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 小さいころからずっと、何かがおかしいと思っていた。
 たとえば、自分のこの目。両目とも灰色なのが、不自然に思えてしょうがなかった。こんな色じゃなかったはず、右目の色はもっと違ったはず。生まれた時からずっとこうだったはずなのに、何故かそう思えて仕方がなかった。何故?じゃあ、本当は何色なんだ?その疑問の答えが分からないまま、僕は右目を前髪で隠してしまった。そうすると、違和感が少し治まったような気がした。
 あとは、何かが足りないような感じ。なくてはならないものが、大事なものが、足りないような気がしていた。手を伸ばせば触れることができたはずの何かが、何処にもない。それは何だ?僕は何を求めているんだ?
 ずっと不思議に、不自然に思ってきた。そんな僕のことを、母は気持ち悪い子供だと思っていたみたいだけど。
 でも、やっと分かったんだ。
 僕のこの感覚の正体が。
 眠っていたベッドから跳ね起きて、くしゃくしゃになったシーツにも構わず、足を床に下ろす。ひどい汗だけど、今はそんなことどうでも良い。もっと重要なことがあるんだ、構わない。
 寝起きの倦怠感を引きずったまま、自室にある姿見の前に立つ。深い緑色の髪をかき上げ、隠していた前髪の下を鏡に映す。変わらない、灰色の目だ。
 でも僕には、その眼に違うものが映って見えた。もう一人の自分だ。鏡に映った彼の眼は金色で、僕と同じような仕草で左の髪をかき上げている。僕が手を伸ばすと彼も手を伸ばし、鏡で合わせて手と手が触れ合う。そこにぬくもりがあるように感じた。
 やっと見つけた。
 ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ。
 名前を呼んでも届かない。彼も同じように口を動かし、僕の名前を呼んでいる。答えたい。なのに彼には届かない。手を握り、手のひらに爪を立てた。
 ハレルヤ、アレルヤ。
 それが僕らの名前だ。他でもない、僕らが僕ら自身に付けた互いの名前だ。どうして今まで忘れていたんだろう。ずっと、君のことを探していたのに。
「ハレルヤ、」

 あぁ、どうして君はこちらに、僕の傍にいないんだろう。


―アトガキ―

 二人の人格は統合されたから、もうアレルヤの中から出てくることはない。
 それでもアレルヤはハレルヤを求めているんです。
 で、いつもハレルヤは鏡の向こうにいたから、鏡の向こうにハレルヤの幻を見ています。
 本当はハレルヤじゃないんです。アレルヤの見た幻想なんです。

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