00その弐

□尾のない魚
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「出て行ってよ」
 俺がそう言うと、彼の端正な顔が、ぐしゃりと歪んだ。
「出て行って」
 俺は無感情に繰り返す。すると、彼は立ち上がり、車椅子に座る俺の顔を覗き込んだ。
「臨也、お前何我儘言ってんだよ」
「我儘じゃない。心の底から出て行ってほしいだけだよ」
「でもお前、独りじゃ暮らせないだろ」
「人を一人雇うくらい、お金があれば簡単なことだ」
「誰かに襲撃されたらどうする」
「そのときはそのときだ、運が悪かったと諦めるよ」
 もう何度も繰り返した、お決まりの遣り取り。この次に彼が何て言うか、俺は知っている。
「お前はそれで良くても、俺が駄目なんだ。お前に死なれるわけにはいかねぇ」
「君が俺を殺したようなものだから?」
「……そうだ」
 頷く彼の顔は、苦しげに歪んでいる。以前ならそれを見て愉悦感を覚えたかもしれないけれど、今の俺には感じられない。ただ、顔を見るのも嫌だという思いが、胸を支配するだけだ。
 俺の四肢の自由が奪われたのは、彼の攻撃を避けて道路に飛び出して、ダンプカーに轢かれたから。それは俺の自業自得。それなのに彼は自分のせいだと考えて、自由に動けなくなった俺の世話を申し出た。彼は罪悪感でいっぱいになって、俺への嫌悪感も忘れてしまったらしい。
 馬鹿馬鹿しい。
「君に世話されるくらいなら、死んだ方がマシだよ」
 吐き捨てて、俺は窓の外を見る。真っ赤な夕焼けが、世界を滅ぼす光であればいいのにと願う。
 そう、彼に世話されるくらいなら、死んだ方がマシだ。
 今の俺は、たとえて言うなら尾のない魚。生きているのに動けない、ただ息をすることしか出来ない哀れな魚。人、それも世界で一番嫌いな人間に世話されてかろうじて生きているだけ、生きる喜びも何も抱いていない。
 こんな生活を送るくらいなら、死んだ方がマシだ。
「……俺の顔を見たくないんなら、夕食まで部屋には来ねぇようにする。だから、夕食のときには機嫌直せ」
 俺の心なんて何一つ知らない彼は、そう言って部屋を出て行く。俺はその背中に呪いの言葉を吐きかける。
 養殖された魚なんて、結局誰かに食われるだけだ!
 海を自由に泳ぎまわれないくらいなら、死んだ方が、マシだ!
 だけど彼にはそれが理解できない。
 そうして、自死することすらできない俺は、尾のない魚は、今日も彼に飼われ続けるしかないのだ。








お題を見た瞬間に直感したので久々に静臨を書いてみた。
お題は「夜と魚」様より拝借。

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