00その弐

□深爪に愛を零した
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※現代パロです
※仲良し、別人注意
※殿存命中の二人が現代にいる、みたいな感じです








 ぱちん、ぱちん。
 爪を切り落とす音だけが、広くて白い部屋に響く。
 ぱちん、ぱちん。
「少し、切り過ぎてしまったな」
 そう呟いたのは、天魔王の爪を丁寧に切っていた蘭兵衛だった。
「何、構わぬ」
 天魔王はそう答えて、蘭兵衛が自分の爪を切る手つきを、じっと見つめる。
 始まりは、ふとしたことだった。
 天魔王には、できるだけ人に知られないようにしているが、苛々すると爪を噛む癖がある。爪を噛むところ自体は誰にも見られたことはないが、そのせいでぼろぼろになってしまった、美しいものを愛する彼らしからぬ爪を、偶然蘭兵衛が発見したのだ。
「引っかけたら大変なことになるぞ」
 そう言った蘭兵衛は、持ち歩いている小型の爪切りを取り出し、ぱちん、ぱちん、と、天魔王の爪を切り始めたのだった。
 変な感じだ、と天魔王は思う。
 世話焼きは、蘭兵衛ではなく、捨之助の役目だ。蘭兵衛は、どちらかと言えば皆に構われる方。その彼がこうして甲斐甲斐しく天魔王の世話をしているだなんて、おかしなものだ、と天魔王は胸の内で呟く。
「終わったぞ」
 十本の指に並んだ全ての爪を切り終わった蘭兵衛は、そう言って、顔を上げた。
「やすりをかけるのくらいは自分でやれ」
「……ああ」
 身を乗り出して上目遣いにこちらを見上げる、その蘭兵衛の仕草が、どきりとするほど、色っぽくて。
「……爪」
「ん?」
「少し、深爪だな。他人の爪を切るなど、慣れていないのだろう」
 天魔王はそう言うと、身を乗り出して、整えられた指で蘭兵衛の顎を掬いあげた。
「礼だ」
 短く言った天魔王の唇が、蘭兵衛の桜色の唇を掠める。彼らしくもない、軽い、口付け。蘭兵衛はきょとんとした顔をしていたが、やがて、その意味に気付くと、さあっと頬を赤くした。
「何度口付けても慣れぬとは、お前も初心よのう」
 それを見た天魔王は、互いが敬愛する人の真似をして、呵呵大笑してみせる。
「それとも、これでは足りないか?」
 面白げに言われて、蘭兵衛は急いでいつもの涼しげな表情を作り上げ、「……別に」と呟いた。
「これくらいのこと、礼など必要ない。お前は変なところで律儀だな」
「そうか?」
「ああ」
 言って、蘭兵衛は立ち上がった。
「これでいいだろう。次からは、気を付けるのだな」
 そして、立ち去り際に振り向いて、言う。
「爪を噛みたくなったら、俺でも捨之助でもいい、誰か呼べ。美しくない爪は、お前も好きではないだろう」
 言うだけ言って立ち去ってしまった蘭兵衛に、天魔王は、苦笑気味に呟いた。
「あいつに構われるとは、俺らしくもない」
 だが、それが、変に心地良い。
 覚えた感情を切りそろえた爪でなぞるように、天魔王は、蘭兵衛が立ち去った方向をずっと見ていた。











安土桃山時代に爪切りがあったとは考えられないので、急遽現パロになりました。当時はどうやって爪を短くしてたんですかね?やすりで削って研いでたんですかね?
偽物ごめんなさい。
お題は夜と魚様より。

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