00その弐
□罪と罰
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「との、との」
熱に浮かされたかのような声で蘭兵衛は呼び、すがるように白蛇のような腕を天魔王の首に絡める。
「との」
引き寄せられるがままになって蘭兵衛と口付けた天魔王は、持っていた杯をそっと脇に置いて、蘭兵衛の艶やかな髪を持ち上げた。
「蘭丸」
強く髪を引っ張って、より深く口付け合う。
蘭丸。
天魔王はそっと口にして、蘭兵衛の表情を盗み見た。
蘭兵衛の目はとろんとしており、こちらを見ているようで、見ていない。彼が見ているのは、思い出の中にある愛しい殿の姿だ。決して天魔王ではない。
その事実が分かっていて、分かっているのに、天魔王は納得がいかず、蘭丸の唇を噛み切った。
「との、」
なおも恍惚とした声でただ一人の主を呼ぶ彼の姿に、天魔王の胸が、ずきり、と痛む。
「蘭丸」
ずっとこうすることを夢見てきた。殿が愛したこの男を抱くことを。そのためには自分ではいけない、自分が殿にならなくてはいけないとも、分かっていた。
分かっていた、はず、なのに。
それなのに、いざその事実を突き付けられると、こんなにも、苦しいとは。
「蘭丸」
伸ばした手で、蘭兵衛の首に触れた。両手で包み込むようにして力を込めても、なおも彼は、うっとりとしている。
「との」
呼ばれて、手から力が抜けた。
そうだ。こんなことをしても何の意味もない。ここで殺すために、蘭兵衛に夢見酒を飲ませたわけではないのだから。
夢見酒を口に含み、奪った蘭兵衛の唇に流し込む。白を染める赤に、まるで自分がこの男を染め上げているようだなどと思いながら、天魔王はぽつりと、誰にも届かない言葉を口にした。
「愛している、蘭丸」
この言葉だけは、どうか、自分のものとして届いてほしい。
そんな、女々しい願いを、胸にして。
ちょっと椎名林檎の「罪と罰」も意識してみました。天魔王女々しい。