00部屋その五

□混線した糸
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 臨也の夕食のハヤシライスを作りながら、波江は振り向いて仕事中の臨也を見た。
「終わりそう?」
 尋ねると、臨也が唇の端をちょっと吊り上げて楽しげに笑う。
「珍しいね、波江さんが俺の仕事の進捗状況を気にしてくれるなんて」
「訊いただけよ」
「そう。……心配しなくとも、もうすぐ終わるよ」
「じゃあ、」
 ハヤシライスに意識を戻しながら、波江はお玉を手に取る。灰汁を掬いながら、彼女は何でもないことのように言った。
「今晩どうかしら」
 その言葉に、「うーん」と臨也は何でもないことのように軽く唸る。
「今晩か……。いいよ、少し遅くなるけど」
「どうしてかは訊かないのね」
「訊いてほしい?」
「いいえ、別に」
「どうして今日に限って?」
「貴方って天邪鬼ね。……今日はあの女が誠二との一周年記念だとか言ってパーティーを開くつもりらしいの。家にいたら縊り殺しに言ってしまいそうだから、気を紛らわせたいのよ」
「成程。波江さんが乱入したら乱入したで、面白そうだけどなあ」
「誠二が喜ばないじゃない。そんなこと私はしないわ」
 ぎりぎりと奥歯を噛み締める波江の姿からは、本当は納得していないことが十分に分かる。臨也はくすくす笑って、ソファから立ち上がった。
「さ、仕事終わり」
 そして、キッチンの方へ歩いて行った彼は、料理をする波江の背後にさり気なく立つ。
「波江さん」
 波江が振り向く。二人の唇が重なった。
 一瞬の後に離れたそれに、波江が不可解な顔をする。臨也は肩を竦め、「お腹減ったから」と冗談のように答えた。
「今晩が楽しみだよ」
「そう、それはよかったわ」
 波江の言葉には、あくまで感情が籠っていない。だが、それも臨也にとっては楽しい。スキップしそうな足取りでキッチンから離れ、彼は仕事を片付けに戻った。








 深夜。
 「送るよ」という臨也の言葉を無視して帰途に着いた波江は、マンションの一階で見知った人物に出逢った。
「お前は……」
「臨也の秘書よ」
 平和島静雄。自分の雇い主が最も嫌悪する人物の登場に、波江はしかし顔色一つ変えない。
「臨也なら上にいるわ。煮るなり焼くなり好きにして頂戴」
「お前はどうするんだ?」
「私は帰るのよ」
「随分と遅い時間だな」
「仕事が長引いていたの」
 物怖じせずに静雄の目をまっすぐ見て、波江は静かに微笑んだ。
「私に嫉妬しても無駄よ。気になるなら、臨也に直接訊いて頂戴」
「なっ……別に嫉妬なんて……」
「じゃあ、私はこれで」
 軽やかな足取りで薄い上着を靡かせて、波江はその場を離れる。そして、一晩で二人と口付けなければならない自分の雇い主を想像して、ひっそりと笑顔を浮かべた。








心の籠っていない臨波が好きです。

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