00部屋その五

□ベン・トー部屋
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「《オルトロス》の姉の方」
 そう呼ばれて、梗はキッと顔を上げた。
「二階堂さん!」
「ん?」
「どうしていつもいつも二つ名呼びなのですか!? わたくしたちを名前で呼べない情事でもおありですの!?」
「姉さん……逆になってる」
「はっ、まさか! ああ、わたくしとしたことが……きっと二階堂さんはわたくしをはしたない女だと思ったはず! 日夜いやらしい妄想に励む女だと……ああ、何てことでしょう!」
「姉さん、落ち着いて」
 いつもの変わらない遣り取り。それを苦笑で見送ってから、二階堂は「だって」と口を開いた。
「名前で呼ぶと、どちらか分からないだろ?」
「それはそうですけど……」
「それに、スーパーでは二つ名呼びが普通だし」
「でも、わたくしたちだけ『二階堂さん』とお呼びしているのですから……せめて名字呼びしていただきたいのです!」
「はいはい、分かった分かった」
「本当に分かって……」
 言い募る梗に構わず、二階堂はゆっくりと口を動かした。
「きょう」
 はたして、その効果は絶大だった。
「鏡……!」
「姉さん、」
「わたくしたち……わたくしたち……」
 興奮した梗が、反射的に隣にいた鏡のことを抱き締める。鏡も珍しく我を忘れたような顔で、姉の抱擁に身を任せた。
「二階堂さん! 今度からそういう風にわたくしたちのことをお呼びください!」
「でもそうすると二人の区別が……」
「『きょうの姉の方』『きょうの妹の方』という手があるではありませんか!」
 テンションのまま、わいわいと口を動かす梗。苦笑気味にそれを見遣って、「分かった」と二階堂は頷いた。
「もうそろそろだぞ」
 すると、二人の顔がきゅっと引き締まり、「ええ」と梗が笑う。
「今日もこてんぱんにして差し上げますわ、二階堂さん」
「今日は負けないからな、きょう」
 三人の視線が交差し、同じ一点を見つめる。
 前座は終わり。戦いの時間は……これからだった。





二階堂が二人をどう呼ぶのか、気になります。
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