00部屋その五

□午前零時のシンデレラ
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「あんたってつくづく最低な男ね」
 先程までのセックスの気だるさを引き摺ったままフラスコを振る僕に、ベッドの上で下着を身に付けていたチルッチが言った。
「最中は気持ち良いのに終わったら最低」
「うるさいなあ。中出ししないって約束は守ってるじゃないか。嫌ならここに来なければいいだろう」
「体の相性が良いんだから仕方がないじゃない」
 僕も彼女も正真正銘のサディストだ。でも痛くされるのも嫌いじゃない。サディストとマゾヒストは紙一重。僕らにはそんな面がある。普通のセックスじゃ物足りない色物の僕らには、互いがお似合いということなんだろうか。冗談じゃない、こんな性悪淫売女。
「君は誰にだって脚を開くから、他の男を見つけるくらい簡単だろう」
「うっさいわね、死ね」
「ノイトラでも誘ったらどうだい。彼ならきっと酷くしてくれるよ」
「人をマゾみたいに言わないでよ、この変態」
 ギリギリ、と歯を食いしばる音がする。愉快になった。僕はこの女を怒らせるのが好きだ。つんと澄ましているよりは、ぎゃあぎゃあ喚く顔の方が余程僕をそそる。細い手がワンピースの背中に付いたファスナーを引き上げる。白い背中が同じく白い衣服に隠れた。細い背。僕はチルッチが好きでないが、その服を脱がすことと着せることを命じられたら、喜んでそれに従うだろう。僕にいいようにされるチルッチだなんて、考えただけで滑稽なものがある。僕を顎で使う優越感と僕なんかに世話される屈辱感でいっぱいの彼女の顔だなんて、希少価値だ。
「マゾじゃなかったのかい? 噛み付くと喜ぶくせに」
「喜んでないわよ。あんたこそ、爪立てたら喜ぶじゃない。そっちの方がマゾだわ」
「別に、僕は普通のセックスじゃ物足りないだけさ。それに、相手なら幾らでもいる。十刃落ちの君と違ってね」
 殊更酷い物言い。最中の応酬より酷いかもしれないなあなんて考えていると、ガゴン、何かが僕の薄い背にぶち当たった。
「そんなに嫌なら出てってやるわよ、この腐れ骸骨男!」
 キンキンと甲高いヒステリックな声の次に、ドアが閉まる大きな音。僕の鼓膜を破壊する気だろうか、あの売女。女の嫌いなところは感情的なところだ。僕に翻弄される姿を見るのは心地良いが、これはちょっとやり過ぎだ。これだから嫌なんだ。お耳を抑えるためにフラスコを置いた僕は、ついでに振り向いて投げつけられたものを拾った。白いブーツだった。随分と小さい。彼女の物だろう。
「出て行くくせに忘れ物をしてどうするんだよ、あの馬鹿女」
 彼女が付けている香水の匂いを漂わせるそれに、僕は軽く舌打ちする。見せつけるようにブーツを脱ぐ彼女のいやらしい仕草と、それを嘲りながらも残念ながら煽られてしまう自分を思い出した。チルッチは分かってやっているのだろう。とってつけたような上品さとあられもないはしたなさを、あの女は同時に操る。思い出しただけで喉が鳴った。晒された脹脛に噛みつくとあの女は小さく悲鳴をあげるのだ。あの悲鳴はいい。堪らない。少し気分の良くなった僕は、それからそれをベッドの上に置いて、いつも耳障りな音を立てるヒールを指で弾きながら、彼女の小さな顔を浮かべた。
「……届けに行ってやる時間は体で返却させるか」
 嗚呼、結局あの女に使う時間も悪くはないのだ。





 風香とのお茶で盛り上がったネタその一。「ザエルアポロに靴を投げつけるチルッチ、罵り合い、アダルト」
 ザエルアポロが若干甘いのは何となく。

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