00部屋その五

□お前は優しいよ
1ページ/1ページ





「門田」
 唐突にそう呼ばれて振り向いたら、そこには気まずげな顔をした元クラスメイトが立っていた。
「……静雄か」
 誰かと思った、と言いながら、自販機から出て来たコーヒーを手にとる。譲るように場所を開けると、首を横に振られた。
「別に、何か買いに来たわけじゃねぇんだ」
「そうなのか?」
 じゃあ、どうして。まさか臨也に投げる物を物色しに来たわけでもあるまい。俺の胡乱気な視線に気付いたのか静雄はガリガリと頭を掻いて、俯き加減に目を逸らした。
「……この前の件だけどよ」
「この前の?」
「例の通り魔の」
「ああ、あれか」
 通り魔が横行していた時、来良学園の生徒を救うために人を一人撥ねた。その後、ワゴンのドアを静雄が投げたことを指しているのだろう。
「……その、済まなかったな」
「謝罪なら渡草にしてくれ。アイツのドア、狩沢と遊馬崎のせいで今じゃアニメ柄だぞ」
「ああ、知ってる」
 この前見た、と口の中で言い、静雄は電柱に背を預けた。
「でも、自分じゃ言いにくくてよ」
「……そうか?」
「この力で俺が何かしたとき、謝罪を聴いてくれた奴なんて、ほとんどいなかった」
 ぼんやりと自分の手を眺めた静雄は、そう寂しげに言う。色硝子の奥に見えた目の色は澄んでいて、俺は思わず笑みをこぼした。
「アイツなら大丈夫だ。お前の話をちゃんと聴く」
「……そう、か」
「それよりも、他の奴らがうるさいから気を付けろよ。特に狩沢にな」
 あの後本当に臨也を殴りに行ったのかなど、余計なことを口にしかねない。行くなら渡草が一人の時が良いだろうと、俺たちが普段渡草といない時間を教えてやった。
「……お前は良い奴だよな」
 俺の言った時間を携帯にメモしていた静雄が、唐突に言う。
「学生の頃から、ずっと」
「そうか?」
「俺の力を見てもビビんなかったし、自分が怪我するかもしれねぇのに止めに来た」
「でも、俺は臨也を止めなかった。叱ることはあったけどな。色々と見て見ぬ振りをした」
 それでも、と俺は息を吐いた。
「それでも俺は、優しい奴か?」
 口をつけたばかりの缶コーヒーをポストの上に置き、静かにそう問いかける。静雄はゆっくりと目を見開き、それから、ふっと笑った。
「優しくはねぇけど、良い奴だ」
「……そういうもんか」
「お前が優しいだけの奴だったら、俺に声掛けたりなんてしなかっただろ。そっちの方が良いんだよ。良い奴なんて苦労するだけだ。良い奴よりも優しい奴の方が、我儘になれる」
 きっと、いつかの静雄の体験に基づいた言葉だったのだろう。けれど、俺はそれを言及しない。代わりに、飲みさしの缶コーヒーを手で包んだ。
「俺なんかよりも静雄の方が、百倍優しい奴だな」
「……俺は別に、」
「優しい奴だよ」
 だから、俺の何倍も何倍も苦労する。
 生半可な優しさじゃ苦労しない。良い人間の方が苦労する。でも、生半可な良い人間よりは、本当に優しい人間の方が百倍も苦労する。それが世の中の原理であり、臨也が平気な顔をして生きている理由だ。
「だからそんなに気にすんな。渡草も怒っちゃいねえよ」
「……悪いな、門田」
「別に」
 気まずげに言って去ろうとした後姿に、俺は声をかけた。
「静雄、このコーヒー貰って行ってくれよ」
「……それはテメェのだろ」
「甘過ぎたんだよ。俺はブラック派なんだ。甘いの好きだっただろ、お前」
 歩み寄ってコーヒーを手渡し、サングラスの奥を覗き込む。澄んだ色をした目は、もう悲しい色を孕んではいなかった。
「じゃあな」
「ああ」
 この街で生きている限り、静雄とはまた会うのだろう。明日かもしれない。一週間後かもしれない。もしかしたら一か月会えないかもしれない。
 それでも、俺は知っている。
 静雄が、この街の誰よりも優しい人間であることを。







静門というより静+門……。静雄は優しくて門田は良い奴、みたいな違いの話でした。セルティはどちらでもあると思います。
門田は世渡り上手だけど静雄は下手で、門田はそんな自分が好きじゃない。というのを根底にして書いてみました。
この二人のコンビは男前で良い。距離感とかが。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ