00部屋その五

□〜2011静臨過去ログ3
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 猫を拾った。
 いや、正しく言えば、猫の妖怪を拾った。
 いつものように、上司のトムさんと二人で借金の取り立てに行ったときのことだ。何度も何度もレンタルDVDショップからの請求を無視していた相手の家に、押し掛けることになったのだ。
「すみませーん」
 まずは穏便に済ませるため、トムさんが家のチャイムを鳴らしまくる。出ないと分かれば、俺の出番だった。
 ドアを蹴り倒し、無理矢理室内へ踏み込む。
 だが、俺が目にしたのは取り立て相手の中年オヤジではなく。
「……オジサンたち、誰?」
 キョトンとした目でこちらを見ていた、猫耳のガキだったのだ。






 この世界には、妖怪がいる。妖怪は数が少ないながらも人間と共存しており、俺の友人にもセルティというなのデュラハンがいる。
 そのガキ――臨也は、そんな妖怪の一種だった。
 猫又、というらしい。元来は猫だったものが、年を経て人間姿に化ける。だが、こいつの場合は少し違った。猫又と猫又のあいだに生まれた、生まれつきの猫又なのだそうだ。
 だから、俺たちを見上げたそいつは、10歳程度のガキの姿をしていた。頭には黒い三角の耳が生え、ワンピースのような服からは長い尻尾が覗かせていた。
「……ここに住んでるオジサンが何処に行ったか、坊主、知ってるか?」
 子供の相手になれているトムさんが、しゃがみ込んで訊く。
「俺たちは、オジサンに用があるんだ」
「あのオジサンなら、ここを出ていったよ?」
 当然のように言われ、俺とトムさんは凍り付いた。
 見回せば、確かに家の中がやたら殺風景だ。家具もなければ何もない。
 手を当てていた壁に、めり、と罅が入った。
 トムさんも米神がぴくぴく動いているが、理性を総動員して会話を続けている。
「じゃあ、坊主は何してるんだ?」
 そう訊かれ、ガキは大人びた表情を浮かべ、赤い目を細めて言った。
「俺? 俺は捨てられたんだよ、あのオジサンに」






 かくして、俺と臨也の同居が始まった。
 俺は子供は苦手なのだが、トムさんの家には既にたくさんの動物がいて臨也を受け入れられないらしい。そこでしょうがなく俺が引き取ることになったのだ。
 取り立て相手の家に来るまで一体どう生きてきたのか、臨也は一言も口にしなかった。だが、取り立て相手には「飼われていた」らしい。妖怪にも人権があるこの世の中で随分な話だが、いくら人権があるとはいえ、妖怪の人権は人間よりずっと低いのだ。子が親に売られても、あるいは裏で売買が為されていても、不思議な話ではなかった。
 けれど、決して聴いてて楽しい話でもない。
 この幼さにしてそんな人生を辿ってきたらしい臨也にちょっと同情していたら、知らぬ間に押し付けられたというわけだ。
「シズちゃん、シズちゃんはどうしていつもバーテン服なわけ?」
 そし、臨也は。
「あ? 弟が送ってくれたんだよ」
「ふーん、シズちゃんってブラコンなの?」
 一言で言えば、とても可愛くないガキだった。
 予想していなかったわけじゃない。俺も怪力のせいで子供の頃から色々と言われ、結構ひねくれた子供だった。環境によって子供の性格は大きく左右されるという話だ。
 だけど、臨也の性格はそんなレベルじゃない。コイツの場合は多分、根本的にどこかがおかしい。
「うるせえ、放りだすぞ」
「シズちゃんにそんなことできるわけないじゃん。したら児童相談所に通報するからね、虐待されましたって」
「俺はお前の家族じゃねえからな、知らねえで終わらしてやる」
「ご近所さんに聴いたら一発だと思うよ? 『あそこのお兄さんは最近猫又の子供を拾って来て』って。どうする、シズちゃん。人身売買の容疑までかかっちゃうよ?」
「……お前本当腹立つな」
 子供だからと我慢してはいるのだが、我慢するにも程がある。こいつがガキじゃなかったら、一発殴ってやっていたところだ。
「あ、シズちゃん、俺あれ食べたい」
 俺の隣を歩いていた臨也が、とてとてと歩いて道に出ていた屋台を指差す。
「鯛焼きっていうの? あれ一回食べてみたかったんだよねー」
 だが、俺がこいつに甘いというのも、また事実なのかもしれない。
「……買ってきてやる。ここで待ってろ」
「え、良いの?」
「俺も好きなんだよ、鯛焼き。いいか、絶対どっか行くんじゃねえぞ」
 それはきっと、昔の俺の姿がどこかで重なるからだろう。
 同じ年齢なら、俺の方がまだ性格が良かったと思う。けれど、臨也の境遇は、かつての俺を思い出させるのに十分だった。俺の方がまだマシだったかもしれない。臨也は、自分の家族にすら裏切られたのだから。
 俺がもし、家族に認められなかったら。そんなの考えただけで気が狂いそうだ。
「すいません、鯛焼き二つ」
「中身は何にしますか?」
「あんことカスタード、一つずつで」
 臨也は人間を信用していない。多分、妖怪のことも。
 親に売られたんだから当然だろう。それに、本人は何も言わないが、あの取り立て相手の家でどんな扱いを受けていたか――聴かなくても想像がつく。臨也の首の赤い首輪、痩せた体、そして時々見せる媚びるような言動こそが、何よりの証拠だった。文字通り、「飼われて」いたのだ。
 あんなガキ相手に、と考えると胸糞悪くなる。そんなわざとらしい媚び方するなよ、とも言いたくなる。
 それなのにアイツは、人が好きだと言う。人間を愛していると、当然のように言う。
 そんな無理ばかりするよりは、俺を挑発してくれてる方がマシだ。
「臨也―」
 焼きたての鯛焼きを手に、臨也が座っていたベンチに戻る。ところが、
「……臨也?」
 臨也は、そこにはいなかった。
「オイ、」
 慌てて見回してみるも、それらしい人影は見当たらない。猫耳を付けた子供なんて、そういるもんじゃないのに。
 でも、何処にもいなかった。
 もしかして、と最悪の想像が頭に浮かぶ。子供の猫又なんて珍しい。誰かに連れ去られたのかもしれない。そうじゃなくても、あいつは顔だけは綺麗なのに。
「臨也!」
 気付いたら、俺は駆け出していた。
 何処にいるのかも分からない、臨也を探して。




 結局、臨也は簡単に見つかった。
 俺の家の前にいたのだ。ドアに背を預け、じっと廊下を見て。
「あ、おかえり、シズちゃん」
 歩いて来る俺を見つけたアイツは、にっこりと楽しげに笑う。
「お帰り、じゃねえだろ」
 怒りを堪えて俺が言うと、臨也は目を細めた。
「俺のこと、探した?」
「……当たり前だろ」
「どうして?」
 ドアから背を離した臨也は、まっすぐに俺を見上げて問う。
「どうして?」
「どうして、ってお前……」
「家族でも何でもない俺のこと、どうしてそんなに心配してくれたわけ? どうしてたかが捨て猫に、そんな優しくしてくれるの?」
 分からないよ、と臨也は言った。
「シズちゃんがなんでそんなに俺の優しいのか」
 伏せられた顔は、まるで迷子のような顔をしていた。親とはぐれて独りぼっちになったような、独りで夜空を見ているような、そんな顔だ。
 そうだ、コイツはずっと迷子だったんだ。
 親に見捨てられ、自分の居場所を見つけられず、誰のことも信じずに生きてきた、そんな、迷子。
「……そんなん、決まってんだろ」
 いつかトムさんがしていたように、俺はその場にしゃがみ込む。そして、臨也の頭に手を置いた。
「心配だから、以外にあるかよ」
 そのまま手を往復させ、ぎこちなくも頭を撫でてやる。赤い目をいっぱいに見開いた臨也は、顔をぐしゃぐしゃにして言った。
「シズちゃんって、馬鹿な大人なんだね……」
 冷えてしまった鯛焼きに、零れた涙が染み込んでいく。
「うるせえよ」
 小柄な体を抱き上げて、俺は家の中へ入った。
 家族じゃない、血の繋がりなんてない。俺と臨也の関係には、名前がない。
 でも、良いんじゃないかと思った。
 迷い猫とそれを探す人間で、冷えた鯛焼きを一緒に食べるくらいで、俺たちの関係は丁度良い。








オーバーランとは何の関係もありません^^
100000打リクエスト「事情があって行くところがない野良猫臨也(人間愛だが人間不信)を大人静雄が拾う静臨」でした!
静臨に……ならなかった……。ショタは汚せない属性なんですすみません……orz
でもノリノリで書かせていただきました。妖怪云々は完全に私の創作です、すみません
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