00部屋その五
□嘘と愛
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グラハムの死体は、見つからなかった。
見つかったのは、列車の中に取り残されたハロと、彼が持ってきたと思しき荷物だけだ。だけど、それだけで十分だった。
置き去りにされた荷物を見つけた駅員が、中に入っていた名刺を頼りにMSWADに連絡をしたことが、事の発見につながった。
自分を訪ねてきたグラハムの様子に不信感を覚えていたカタギリは、すぐに俺に連絡を寄越した。そして、同じく不安で仕方がなかった俺は、その連絡を受けて、全てを理解したのだ。
グラハムは、行ってしまった。
俺よりも、兄さんを選んだのだ。
『さよなら、ライル。愛してくれて、ありがとう』
ハロの機械音声が、グラハムの最後のメッセージを俺に伝える。
そのたびに、口からは自嘲が漏れるのだ。
愛してくれてありがとう、なんて。
結局最後まで、俺――ライル・ディランディは、彼に受け入れられなかったのか。
水底に沈んだグラハムの調査は、丸々一週間ほど行われた。しかし、それだけ探せばいくらなんでも見つかりそうなのに、彼の死体は一向に発見されぬままだった。
そして、とうとう捜索は打ち切られた。
「情けねぇなあ、俺……」
結局彼は、俺には死体すら残してはくれなかったのだ。
体ごと、兄さんの元へと行ってしまった。そういうことだと思っている。
悲しくないと言えば嘘になる。悲しくないはずがないのだ。俺もまた、ライルとして、グラハムのことを愛していたから。
だけど、悲しみよりも大きいのは、喪失感だ。
まるで心臓をなくしてしまったかのような虚しさが、全身を支配している。
ため息をついて、煙草に手を伸ばす。
グラハムと暮らしていた間は、兄さんのふりをするために禁煙していた。だけど、それももう終わりだ。今日からは、自分が吸いたいときに煙草を吸うことができる。
先に火をつけ、息を吸い込む。
久々に吸った煙草の味は、以前よりも苦く感じられた。
街を歩く。
グラハムと暮らした部屋からは、もう引っ越した。あれはグラハムと兄さんの部屋だ。俺の部屋ではない。
それに、独りで暮らすには、あの部屋は広すぎた。
顔に苦笑が浮かぶ。なんて馬鹿なんだ。
仕事でもないのに、俺はスーツを身に付けていた。真っ黒なスーツ。何度か着てはいるのだが、未だに体に馴染む気配はない。
手には、白い花。
真っ白な、花束。
それを腕に抱いたまま、俺は街を歩く。スーツを着た男が花束を抱えている様子に、道行く人々が振り返る。だけど、またすぐに前を向く。所詮は他人事だ。
さあ。
列車に乗ろう。
あの日彼がいなくなってしまった、あの列車に乗ろう。同じ時間に、同じ車両で。
そして、この花束を、彼にあげよう。
彼は要らないというかもしれないから、俺の自己満足で良い。届かないかもしれないけれど、彼が飛び込んだと思えるところで投げ落そう。
グラハム。
俺は、俺として、アンタを愛していたよ。
今日は、彼が死んで一年の日だった。