00部屋その五
□嘘と愛
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「嘘だろ……」
部屋の中を見て、呆然としながら俺は呟いた。
「どうして、」
そこには特に変わった様子はない。
部屋の中にはいつもの通りの調度品、明るい色のカーテン、揃ったペアのマグカップ。見た感じにあるべきものはすべて揃っていて、しかし、一番なくてはならないものがそこにはなかった。
「グラハム、」
グラハムが、いない。
「グラハム。」
もう一度口にしたところで、ハッと我に返る。どうして今、俺は慌てていたんだ。確かに今日は、グラハムは非番の日のはずだ。でも、だからと言って、絶対に家にいるとは限らないのに。買い物に出かけたのかもしれない。そう、自分を納得させようとする。
だけど、
だけど、どうしようもないほどに、胸騒ぎがした。
気のせいであってほしい。全部俺の思い込みで、もう少ししたらグラハムも帰ってくる。そうであってほしい。
なのに。脳の何処かは、そんなことは絶対にないのだと、自分自身の希望を否定していた。
胸騒ぎは今に始まったことではなかった。一週間前からずっと、変な感じがしていた。
二人揃っての休みを満喫していたある日の午後。ガタリ、という音がした。
「グラハム?」
振り向く。そして、一瞬で、全身から血の気が引いて行くのを感じた。
「オイ、」
慌ててそちらへと駆け寄る。ぐったりとした体を俺の腕で支えて、青白い顔を覗き込んだ。
グラハムは、座り込んでいた。 ふらついたときに腕が当たったのか、傍には割れたティーカップが落ちている。離れているから、グラハムに怪我はなさそうだ。しかし、その顔色の方が、見ているこちらを不安にさせた。
「グラハム! しっかりしろ!」
煌めくグリーンアイは、何処までも虚ろだ。何を見ているのか、ぼうと虚空を見つめている。白い肌は過ぎるほどに青白い。そして、柔らかい唇は、小刻みに痙攣していた。しっかりとした体には力が入っていない。ぐにゃりとしていて、力が抜けているようだ。
何度も名前を呼ぶと、ゆっくりと、グラハムの目がこちらを向いた。
「……にーる?」
たどたどしく呼ばれて、俺は一瞬ドキリとする。見透かすような目だった。
「ああ」
「ニール、か」
「オイアンタ、本当に大丈夫か?」
彼らしくない様子に、狼狽しながら頬に触れる。すると、肩がビクリ、と震えた。
動揺するような色。
「すまない、少し、部屋で休んでくる」
俺の手をそっと顔から外すと、ふらつきながら立ち上がるグラハム。この様子じゃ、部屋に戻るなんて到底無理だ。
「送る」
「いや、いい。……すまない、一人に、してくれ」
涙すら浮かぶ宝石の瞳。そこに強い動揺、困惑、そして絶望のような色を感じて、俺は後を追えなかった。
もしかしたら。もしかしたらあの時、グラハムは。
信じたくない。
絶望感が胸を埋め尽くした。
(多分あと二話)
(書いていない期間が長すぎて違和感)