00部屋その五
□嘘と愛
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出逢いはほんの偶然、しかし必然で、運命的だった。
初めて言葉を交わし、感じの良い男だと思った。
二度目に会ったとき、この男となら素晴らしい友人になれると感じた。
そして、更に数度会い。
私は、恋をしている自分に気が付いたのだ。
カタギリが好意を抱いている女性であり、エイフマン教授の教え子――彼女とカタギリの久方ぶりの再開に私が同行したのが、全ての始まりだった。
彼女のことを耳にしていて、興味を持った。
カタギリの車を普段から私が運転していたということもあり、カタギリに頼んで連れて行ってもらったのだ。
そこでニールと出逢った。
「こっちはニール。私の同僚よ」
仕事の帰りにそのまま送ってもらったのだと、ミス・クジョウは言った。
「よろしくな、ミスター・エーカー」
そう言って手を差し出してきたニールは、陽気で気さく、しかし、何処か理性的な表情を、整った顔立ちに浮かべていた。
一目で興味を持った。
しかし、同時に「カタギリの恋も終わったな」と思ったものだ。ニールとミス・クジョウ、そしてカタギリに、その件については申し訳ないと思っている。
それでもカタギリに気を遣った私は、ニールを連れてレストランから出た。
「さっきのアンタの同僚さん、彼女に惚れてんのか?」
「そういうところだな。ミス・クジョウには内緒にしておいてほしいのだが」
「当たり前だろ」
近くにあったバーに入り、二人で飲んだ。服の趣味、哲学、最近読んだ本……。とりとめのない話をたくさんした。
気付けば、好感以上のものを抱いていた。しかし、その頃のそれは、確かに友情だったように思う。
別れ際に、アドレスを交換した。
近いうちにメールが来るか、こちらからメールを送ることになるだろう。そう、確信にも近い思いがあった。
告白はあちらからだった。今でもはっきりと覚えている。
「グラハム。……アンタのことが好きなんだ」
私もニールも同性愛者ではなかった。言葉の端々からは恋愛相手に困っていないと推測できたし、そんな私とニールが恋人同士になるなど、誰が想像しただろう。
ただ、気付けば私はニールを愛していて、ニールも私を愛していた。
つまり、自覚するよりも早く、私たちの思いは通じていたのだ。
「それは友情としてか?」
「一番よく知ってんのはアンタだろ」
「……そのとおりだな」
キスをした。
ファーストキスなんていう、そんなロマンチックなものではなかった。甘くもなかったし、ただ、唇同士が触れ合っただけだった。
ただ、その一瞬に、どうしようもないほどの幸せを見つけてしまった。
「グラハム、俺の恋人にならねぇか?」
「私が君のものになるだけでは気に食わないな」
恋人同士、そんな陳腐な言葉を表現できる関係ではない。
友人であり、恋人であり、それ以外の何かである二人。
幸福だった。何物にも代え難く、そして、決して失うことなどできぬほどに。
「グラハム、」
そのニールは現在記憶喪失で、私のことを思い出せずにいる。
「起きろって」
自分と私がどう出逢い、どう告白したのかも、全く覚えていないそうだ。
「あのな……」
しかし、私はそれを不幸だとは感じていない。
死んでしまったわけではなく、隣にはニールがいるのだ。
そして、私は全部覚えている。出逢いも告白も、初めてのキスも。
それだけがあれば幸せだ。
「キスしたら起きんのか?」
「無論だ」
「……アンタなあ」
呆れたような顔をして、彼がゆっくりと身を屈める。
「おはようさん」
唇が重なってから、私はその体を引き寄せ、優しく頭を抱いた。羽毛のように茶髪がくすぐる。
「ニール、おはよう」
「ああ」
彼の泣き出しそうな顔には、気付かないふりをした。