00部屋その五

□「はい、あーんして」
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(ラッドとルーア)






 ラッド・ルッソは、甘いものを好まない。
 弟分であるグラハムとは違い、食べ物の好みがこうはである彼は、今日もカフェではブラックコーヒーを飲んでいる。
 彼の正面には、友人兼恋人兼婚約者のルーア・クライン。
 所謂デート中である。
「ラッド、コーヒーだけで良いの?」
「甘いものは好きじゃねぇんだよ。言っとくけど、俺に遠慮なんてすんなよ。折角奢ってやれるだけの金があるんだからよ」
「でも……」
「良いっつってんだろ。もし腹が減ってたら、サンドイッチでも食ってる」
 ルーアはチョコレートタルトを食べていた。大方の女性の例に漏れず、彼女も甘いものが大好きである。
 ラッドにしてみれば、たとえば、ケーキを飲み込むときの彼女の白い喉の動きや、紅茶を飲むときの伏せられた睫毛など、繊細で壊したくなるようなそれらを見ているだけで満足だ。しかし、いくらラッドでも、当のルーアにそれを教えたことはない。
 ルーアの髪が冬風にあそばれているのをみながら、ラッドはコーヒーカップを机の上に置く。
 彼は、じっと見ていた。
 いつか殺すことになる愛しい人間の顔を、すべて、焼き付けるように。
 しばらくそうして時が経つと、目を伏せていたルーアが、タルトを一口分切り崩した。そして、ラッドへとそれを差し出す。
「ラッド」
「あ?」
「はい、あーん」
 はたから見ていれば、実に恋人同士らしい光景だっただろう。
 フォークに刺したタルトを差し出すルーアと、目を白黒させるラッド。
 突然のことに固まっていたラッドは、しばし凍った後、ルーアの細い手首を自分の手で固定した。そして、フォークの先へと顔を近付けて行く。
「サンキュ、ルーア」
 それから、チョコレート味の、キス、














(クレアとシャーネ)






「なあ、シャーネ」
 ベンチに腰掛けてクレープを食べる恋人の姿を見ていたクリスは、不意に呟いた、
「俺も貰っても、良いか?」
 いつものようにまっすぐな目で覗き込んでくる彼に、シャーネは少し、動きを止める。
 ごく普通の、何処にでもあるクレープ。しかし、彼女が初めて食べたクレープは、他でもない、父親が手作りしてくれたもの。
 それは、彼女の好きな物の一つだった。
「あ、どうしても駄目って言うんなら別に良いんだ。俺もそこまでして貰おうとは思わない」
「……?」
 珍しく照れるクレアに、シャーネは不審がるような視線を向ける。
 するとクレアは、困ったように笑った。
「ただ、シャーネに『あーん』ってしてほしくってさ」
「……!?」
 彼の言葉の次の瞬間、シャーネの色の白い顔が、パッと紅潮した。
 赤くなって見つめ合う、一組の恋人たち。
「あぁ、別に良いって。その、俺も言ってみただけだし。大体、クレープはシャーネの好きなものなんだから……」
「……」
 食べさせる、という行為。
 恋人同士でやることの一つらしい、ということを、シャーネはジャグジーとニースを見て学んでいた。
 しばしの間考えてから、彼女はすう、とクレープを差し出した。そして、それを恋人の前へと持って行くと、首を傾げてみせる。
 食べても良い、とでも言いたげに。
「……シャーネ、良いのか?」
「…………」
「…いただきます」
 あーん、と、クレアはクレープにかぶりつく。
 そして、爽やかに微笑んだ。
「ご馳走様、シャーネ」












(クリスとリカルド)






 クリスは器用だなぁ、と、リカルドは思う。
 彼――いや、彼女が購入した洋服や生活用品の袋を、中身が落ちないように、クリスはジャグリングしている。
 リカルドは言う。
「クリスって、見た目によらず器用だよね」
「んー、なんかさり気なく失礼なこと言われた気がするなぁ」
「被害妄想じゃない?」
「そういうことにしとこっか。……まぁ、僕なんかよりも、グラハムの方が余程すごいと思うよ」
「あの人は別」
 ハッキリといい切ったリカルドは、昼食であるサンドイッチを頬張る。クリスが荷物を持ってくれているから、彼女はそうして食事が出来る。
 ハムサンドを取り出したリカルドは、じっとサンドイッチを見つめて、そのままクリスへと視線を上げた。
「……クリス」
「どうしたの?」
 手を止めてクリスが訊くと、リカルドは、彼女にしては珍しい言葉を口にする。
「……食べ過ぎだと思う?」
「気になるの?」
「何となく。あんまり運動もしていないわけだし、食べ過ぎるのもあれだよね」
「食べざかりな年頃だからじゃない?」
「背は伸びてないけどね」
 サンドイッチとクリスを、交互に見るリカルド。
 その意思を正確に汲み取ったクリスは、苦笑しながら背中を屈めた。
「しょうがないなぁ。僕は両手がふさがってるわけだから、食べさせてね」
 道の端に寄った二人は、ゆっくりと立ち止まる。
「あーんして、とかないの?」
「それは恋人同士の話なんだから、ないよ」
 赤くもならずに淡々と返したリカルドに、サンドイッチへと尖った歯を立てたクリスは、明るい笑い声をあげた。
「友達だもんね」
「行儀が悪いよ」
「はいはい」
 嬉しそうな友人に、リカルドも少し、笑う。







 
 

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