00部屋その五

□愛のかたち
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「人を愛するってどういうことなんだろうね、シャム」
 吸血鬼のような男が、日の光の下、ビルにもたれながら呟いた。
「愛って言葉は、とても自然で美しいよね」
 すると、その隣で新聞を広げていた、何処にでもいそうな平凡な青年が答える。
「珍しいですね、君がそんなことを言うなんて」
「んー、なんかさ、いろんな人を見ていて思ったんだよね」
「リカルドのことですか?」
「それもあるね」
 ふふ、と曖昧に、クリストファーは笑う。新聞を見たままの青年は、彼の顔に視線も向けず、淡々と言葉を紡いだ。
「幸せそうですね」
 嫌みも何も籠っていない言葉に、クリストファーは彼の顔をじっと見る。そして、イルカのような歯を見せながら返した。
「シャム、君も楽しそうだよ?」
 その表情は、紛れもない、笑顔。
 青年は驚いたように、顔を隠していた新聞紙を下ろす。
そんなことをしなくても、他の個体でいくらでも顔ぐらい見れるのに、彼はあくまでも、その個体でそれを行った。
「……そうですか?」
「うん。彼といるときの君って、本当、見てるこっちが恥ずかしいぐらいに幸せそうで、なんか可愛いお花が飛んでるよ?」
 言われた男は目を伏せる。
 照れているのではなく、否定しているわけでもなく、少し苦しそうに。
「クリス、もしヒューイ様とリカルド、どちらかを守らなければならないとしたら、貴方はどちらを守りますか?」
「どっちも取るよ? 僕はどっちも助ける」
 青年の言葉に、クリストファーは当たり前のように即答し、続けた。
「シャムはどうするの? 彼とヒューイの旦那、どっちかを取れって言われたら」
 返された同じ言葉に、青年は口の端を歪めて笑う。
「……どうするんでしょうね。分かりません。ヒューイ様を取らなければならないとは分かっているのに、あの人を見殺しにすることなんて、出来ないと思います」
「まあ、僕的には、そんな事態来ないと思うよー? なんか彼、軽く化け物っぽいし」
 男の肩に手を乗せると、雰囲気を払拭するように、クリストファーは肩を組んだ。そして、心の底から納得したような表情を浮かべる。
「でも、それじゃあ、君を直接的に変えたのって、彼なんだね」
 何気ないその言葉。
 青年は目を見開いて、少しの間、自分の目の前に立つ怪人の顔を見つめた。
「それは……」
「だってそうでしょ? 確かに、君が色々なことを見るようになったのは、リカルドと出会ってからかもしれない。でも、出会った君に出来た大切なもの、どうしても狂おしく思ったものは、彼が初めてなんじゃいかな?」
 返事を待たずにクリストファーは喋りきり、隣に立つ青年の顔を覗き込んだ。すると、彼は帽子をくいと引いて顔を隠して、呆れたように言葉を紡ぐ。
「そんな言葉、よく平気で口に出来ますね」
「それ、よくリカルドにも言われるよ」
「知ってますよ」
「あ、そっか。筒抜けだもんね」
 ケラケラと、クリストファーは笑う。
 そして、青年の肩から手を離すと、こちらへと向かってきている二人組へ、大きく手を振った。
「オーイ、リカルド!! こっちこっち!!」
「……やめてよクリス、オレが恥ずかしいから」
「そう? だって気付かれないのも嫌だし」
「クリスぐらい目立つ人間、嫌でも視界の中に入ってくるよ……」
 片方は、話の中にもしばしば登場していたリカルド。その手に何故か巨大なテディベアが収まっているのを見ながら、「あれ?」とクリストファーは首を傾げる。
「もしかして、買ってもらっちゃったのかな?」
 その言葉と、ほぼ同時。
 リカルドと並んで歩いて来ていた男――外見だけ見れば、少年のようにも見える――が、大きな声で、新聞を読む青年の名前を呼んだ。
「シャフト!」
 その言葉に反応した青年は、困ったような笑いを顔に作って、ゆっくりと彼の名前を口にする。
「……グラハムさん」
 ハッキリと、強く、大切な物をなぞるかのように。
「シャフト、見ろ! リカルドの坊ちゃんにテディベアをあげたら、なんとマフラーが返ってきた!」
「そう、ですか」
 青年は、ゆっくりと、自分の唯一の人に向かって歩を進める。
「まったく、待ったと思ったら、そんなことしてたんですか」
 小言のような文句、呆れたような表情、面倒くさそうな歩き方。
 しかし、その中に確実に存在する幸福感を感じ取ったクリストファーは、本人たちには聞こえないような声で、ひっそりと呟いた。




「なんだ、目の前に愛、あったんだった」




 真新しい赤いマフラーを巻いた作業着の青年の横に、帽子をかぶった男が並ぶ。
 二人が並んで歩いて行く様は、紛れもない、一つの愛の形だった。


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