00部屋その四

□閉じた光
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「ドタチン」
「俺さあ、」
「目が、見えなくなっちゃったんだよね」






 臨也の告白を、俺は呆然とした思いで聴いた。
 いつも通りに遊馬崎や狩沢たちと喋っていて、そろそろ仕事の時間だなと思っていたら、携帯に電話がかかってきた。発信者は「折原臨也」。あいつが電話をかけてくるなんて珍しいなと思って電話に出た。ら、相手は新羅だった。
『京平君、今すぐ俺の家へ来て! 臨也が、臨也が』
『臨也がどうしたんだ? 新羅、落ち着いて話せ』
『さすがの僕でも落ち着いてられないんだ! だから、早く』
 いつもは冷静な新羅が、今日に限って慌てていた。それは、前に一度だけ見たことがあった。ヘマをした臨也が数人のヤクザ者に暴行され、体の至る所の骨を折って来たときだ。だから、嫌な予感がした。予感じゃない。それは、確信だった。
『……分かった、すぐ行く』
 そう答えて車を出た俺は、けれど、こんな展開予想もしていなかった。
 こんな――こんな、残酷な展開なんて。






 まだ24歳の臨也は、唐突に視界を奪われた。光も、何もかもだ。
 原因は、暴行。今回は相当ヤバいヘマをやったらしく、目だけでなく、体の至る所が損傷していた。
 けれど、臨也は笑っていた。
 笑って俺を出迎えて、閉じたままの瞼で、こう告げたのだ。
「ドタチン、俺、目が見えないんだ」









「ここがドタチンの、鼻」
 臨也の白い指が、辿るように俺の鼻に触れる。
「ここが、頬。ここが、顎。……ここが、唇」
 俺の唇に指が触れると、赤い唇が綻ぶ。髪を梳いていた手をそっと彼の後頭部に添え、俺は臨也を引き寄せた。
「そうだ、ここが唇だ」
 触れ合うだけの口付け。終わっても、臨也は俺から離れなかった。ぴったりと俺に体を密着させ、右手をするりと下ろしていく。
「ここが、首。鎖骨。ドタチン、体格良いね。腹筋が指でなぞれる」
「お前が細いんだろ」
「あれ、そうだったけ。あはは。……ここが腕。ここは、肘、かな。そしてここが、」
「掌だ」
 辿ってきた手を握り締めると、頼りない指が絡まる。そっと手を持ち上げた臨也は、にこりと微笑んだ。
「俺さ、ドタチンの手、好きだよ」
 それはとても透明な笑みで、俺の心臓がズキリと痛む。
「ゴツゴツしてていかにも職人の手って感じで、それなのに指先は繊細で、硬くて、温かくて、俺の手よりずっと大きい。きっと、とても良い手相をしてるんだろうね。あと、ドタチンの声も、好き。低くて温かくて、頼れる声。心臓の音も、安心する」
 繋いでいるのと逆の手が、俺の帽子を引っ張って外す。ぱさり、と帽子が床に落ちる音がした。
「髪も、好きだよ。硬くて、でもこうして指を通すと柔らかい。帽子で隠してるのがもったいないって思うよ。俺、ドタチンの髪、好きだなあ」
「俺も、お前の髪は好きだな。手触りが良いし、綺麗だ」
「ドタチンに褒められちゃったよ」
 くすぐったそうに笑って、臨也が俺の胸板に顔を埋める。背に腕を回し、その体を抱き締めた。
「目が見えないとさ、他の感覚器官が発達するんだって。視覚の欠損を補うために」
「ああ」
「目が見えなくなって知ったことがさあ、結構たくさんあるんだよね。ドタチンの声も、体温も、手も。こんなに近くにいないと、俺は気付けなかった。中身しか見てなかったんだよ、俺」
 伸びてきた手が、俺の頬を包む。閉じた目蓋は開かない。光は永遠に、閉じ込められたまま。
「でもさあ、気付いたからこそ、思うんだ」
 涙も、永遠に封じられたまま。
「もう一度でいいからさ、ドタチンの顔が、見たいんだ」
 きっとこいつは今、泣いているんだろう。
 どこまでも透明な笑顔で、澄んだ声で、泣いている。
「……臨也」
「好きだよ、ドタチン。門田。京平」
 足りないものを補うかのように、何度も何度も声帯が震える。
「どうして君を、君の全てを、こうなるまで感じられなかったんだろう」
 呟かれた言葉が、まるで涙のようで。
 涙を拭うように、俺は臨也の唇を塞いだ。














Title by  RAD WIMPS「閉じた光」

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