00部屋その四

□僕だけの秘密
1ページ/1ページ




「ドタチン」
 声をかけると振り向いた彼は、俺の姿を認めるなり大きくため息をついた。
「……その呼び名はやめろ、臨也」
「えー、なんで。折角俺が友愛を込めて付けたのに。ていうかもう七年も経つんだから、いい加減慣れなよ」
「24歳にもなってあだ名も何もないだろ……」
「ケチ」
 定番の会話。これがないと落ち着かない。何より、何だかんだ言って彼はこのあだ名を受け入れているのだから、おかしいったらありゃしない。
 足を止めて待っていてくれた彼に並ぶと、彼は俺を見下ろして尋ねた。
「で、何の用だ?」
「ドタチン、今日は他の人は?」
「いねえよ。アイツらがいないときにしか来ないくせに、よく言うな」
「まあ、礼儀みたいなものだからね」
 俺が知らないところで何か起こってるかもしれないしさ、と嘯いてみせる。それがないだろうということは、百も承知の上で。
「お前、最近池袋で見かけなかったな」
「俺もなかなか忙しくってさ。池袋、平和だったでしょ?」
「掻きまわしてる自覚はあるんだな」
「やだなあ、何のこと?」
 白々しく言って見せれば、呆れたような視線を受ける。それでもやはり、彼は俺を非難したりはしなかった。
「忙しいって、また無理してるんじゃないだろうな?」
「無理なんてしてないよ? 第一、趣味に無理も何もないって」
 七年間。ずっと、彼は変わらない。
 俺が現れれば呆れながらも相手をするし、こうやって心配してくれることもある。それが俺の本性を知っての上の行為なのだから、まったくとんだ人間もいたものだ。
「相変わらず、ドタチンは変わってるね」
「お前に言われたくないな」
「嫌だなあ、俺や新羅とは別次元でってことだよ。こんなに普通の人間なのに、こんなに常識を逸した行動をとるんだから」
 俺の中身を知ったうえで普通に接してくれる人間を、俺は彼の他に知らない。昔馴染みの闇医者という奴もいるが、あいつは自分自身が変人だから除外する必要があるのだ。
 表社会で普通の顔をして普通に生きる人間の中で、俺にこうして関わる人間は何処にもいない。
 門田京平。
 俺の周りの奇特な人間はと訊かれれば、俺はすぐにその名前を上げるだろう。
「本当、高校時代から変わらないよね」
「お前もな」
「えー、俺は変わったよ?」
「嘘をつけ」
「少なくとも、昔より性格は悪くなったかなあ。よく言われる」
「治すつもりはないんだな」
「そういうレベルに見える?」
 くるくる回って、顔を覗き込む。彼はため息で答えてくれた。
「治せるだろ。お前が治そうと思えば」
「治すのは無理だよ。隠すことはできるけど」
「なら隠せ」
「嫌だよ、人間誰だって自分の好きなことをする権利はあるだろ? 俺の好きなことはただ一つ、そのただ一つを実行に移してるだけなんだから、可愛いものじゃないか」
 そんな可愛いものじゃないということは、自分でも分かってる。けど、俺がこう言えば、彼はそれ以上何も言わない。
「……そうか」
 そう言って、その話はこれっきりだ。
「ドタチンはさー、俺のこと嫌いじゃないの?」
 そして、肩を竦めて訊けば、彼は決まって答えるのだ。
「嫌いなわけないだろ」
「即答してくれるのはドタチンくらいだよ」
「確かにお前は嫌なヤツだが、でも、最低なヤツじゃない。お前のせいで一般人が死んだことがあるか?」
「怪我したことはあるけどね、多分」
「それだって、その人間を死んだも同然にはしていないだろう」
「ドタチンの中の最低じゃない奴の幅、広すぎだよ」
 苦笑する。でも、それは彼の本心なのだろう。
「それは自分の周りの人間が傷付けられていないから言えるだけで、もし君の仲間が傷付けられたりしたら、怒るだろ?」
「怒るな。お前を殴る」
「ほら」
 だから俺は彼の仲間を傷付けない。波乱に参加させることはあっても脇役で、決して大怪我をすることのないようにしている。
「まあ、俺はドタチンのそういうところ好きだけどさあ」
 全部、彼に嫌われたくないからだ。
「はいはい」
「折角好きって言われてるんだから、もっと喜びなよ」
 彼が初めてだった。俺の歪んだ生き様を否定せずにいてくれた、初めての人間だった。だから、否定されたくない。俺から、離れてほしくない。
「ねえドタチン、飲みに行かない? 俺が奢るから」
「……飲み過ぎるなよ」
「うーん、それは気分次第かなあ」
「……お前なあ」
 だから、彼だけは知らなくって良いんだ。俺がこの七年間どんな思いで声をかけているか、どんな思いで傍に寄っているか。これからもずっと、知らないままでいてくれていい。
 俺は彼のことが好きだ。他の人間にはとっくに諦めた愛を、彼からだけは注いでほしいと思うくらいに。
「好きだよ、ドタチン」
「……そうポンポン好き好き言うな」
 彼は一生気付かない。俺の言葉の響きの違いに。
 そして、それで、いい。
 それが、いいんだ。




(愛してるよ、ドタチン)












鈍感な門田と言えない臨也。でも新羅は臨也の気持ちに気付いてて、気付いてるからこそ新羅も臨也のことは完璧に嫌えない、みたいな関係。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ