00部屋その四

□都合の良い奇跡
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 酔っ払ったグラハムさんを家まで送り届けてそのまま眠りについて、朝起きたら、そこには女になったグラハムさんがいた。
 俺が今遭遇した状況を簡潔に語れば、そんな感じだった。
「いやいやいやいや……」
 簡単に受け入れられる状況ではない。けれど、ものすごく簡単に受け入れようとしている俺がいて、それがちょっと怖い。
 朝起きたら、昨日まで男だったはずのグラハムさんが女になっていた。
 何故分かるのか。簡単だ。着替えずに寝たグラハムさんが身に付けていたアンダーシャツが、おおよそ男ではありえない形に盛り上がっているのだ。
「……グラハムさん」
 とりあえず、この人を起こそう。
 そう決意した俺は、変なところに触れないように細心の注意を払いつつ、そっとグラハムさんの肩を揺すった。





 グラハムさんも、何故か割とあっさり現実を受け入れた。
 俺みたいな存在ならともかくどうして、と思わないでもないが、グラハムさんも色々と学んだらしい。彼曰く、
「騒ぐのは俺をこんな体にした奴を解体してから」
 ということなので、ひとまず犯人探しが先決となった。それもそれでどうかと思うが。
 さて、外出でまず困ったのは、グラハムさんの服だった。
 ズボンはどうにかなった。元々ウエストが合わないものをベルトで無理矢理止めていたから、ベルトを締めに締めてなんとか固定できたのだ。
 問題は、上だった。
 とりあえず作業着のファスナーを一番上まで上げさせたが、これが一時的な解決にしかならないということはよく分かっている。というか人間の本能上無理だ。隣を歩く女性が(たとえグラハムさんだとしても)どういう状況なのか、考えたら色々とヤバい。俺がグラハムさんに殺される。
「犯人を探すと言っても、目星はあるんすか?」
「悲しい、悲しい話をしよう……。もう今現在の時点で俺はかなりブルーなのだが、それを更に下げるような話だ……。俺は自分をこんな体にした奴のことを今すぐ解体したいと思っているのに、残念ながらそれが誰なのかまったく分からないというわけだ……。ふっ、悲しい話だろう?」
「あー、まあ、はい、そうですね」
「何だシャフト、そのいい加減な反応は!」
「いや、なんか色々と台無しですよね」
 折角金髪碧眼美女になったというのに、中身がコレでは残念にも程がある。なんて、言えるはずがなかったけど。
 (主にグラハムさんの話が長いせいで)時間をかけて話し合った結果、ひとまずジャグジーたち不良集団の元へと向かうことになった。彼らは人数が多いから、もしかしたら一人くらい何か知っているかもしれない――。そんな期待の元の行動だ。
 まあ、俺としては、数日間くらいなら戻らなくてもいいんだけどなあ。





「……というわけだ」
「え、じゃあグラハムさん、女なんですか!?」
「今はな」
「えー!? ニ、ニース、どど、どうしよう……?」
「どうしようって、何が?」
「僕……僕、何も知らずに、グラハムさんと肩組んだりとかしてたよ!?」
「……あのねジャグジー、グラハムさんが女になったのは、今日の朝の話だから。昨日までは、普通に男だったって」
「……なあんだ、良かった」
 どうやら、不良集団も何も知らないようだった。
「え、なになに、本当にグラハムさんが女になったのか?」
「マジマジ」
「本当だ、胸がある」
「ニースとどっちのが大きい?」
「俺は貧乳派だ」
「知るか」
「いやー、でも世の中不思議なこともあるんだなあ」
「ヒャッハア!」
 俺、グラハムさん、ジャグジー、ニースを取り囲むようにしている集団の中からも、様々な声が聞こえてくる。
 そんな中、何を取り違えたのか突飛もないことを考えて半泣きになっていたジャグジーの肩を、グラハムさんがぽんぽんとレンチで叩く。
「まあ、ジャグジー、気にするな」
「……グラハムさん」
「俺が男だろうと女だろうと、ジャグジーは俺の弟分だ。ということで? ということでその、あれだ。全然今までどおりでいいぞ。ふつーに肩組んでふつーに泣いてればいいぞ、ジャグジーは」
 格好良いことを言ってるのかそれとも別にそうじゃないのか、グラハムさんの発言はいまいち意味が分からない。けれど、どうやらジャグジーは感動した様子で、さっきまで保たれていた防波堤が決壊していた。
「ジャグジー、とりあえず落ち着いて」
 袖でごしごしと目元をこするジャグジーを、ニースが傍で慰めている。ここらが引き揚げ時かもしれない。俺はグラハムさんの作業着の袖を引っ張った。
「……グラハムさん、そろそろ行きましょう」
「ん? ああ、そうだな……そうだな」
 うろうろと視線が彷徨っている。その視界に高級車が入っているのには気付いていたが、俺はあえて何も言わなかった。だって、今のグラハムさんは女だ。いつもよりも力が弱いのにそんなことをしては、怪我をしてしまうかもしれない。だから、俺は今日の朝誓ったのだ。女のグラハムさんには、どんな物も壊させやしない!と。
 それでもまだ車に未練たらたらなグラハムさんが、ちらちらとその車体を視界に入れながら言う。
「そうだジャグジー、俺がこんな体になったわけを知っていそうな奴を知らないか?」
「わけ……ですか?」
「そうだ。直接知っていそうな奴じゃなくても良いぞ。それが見つかれば嬉しい限りなわけだが、というかまあぶっちゃけ一番そいつを発見して解体したいわけだが、でもまあ譲歩して情報とかに詳しそうな奴ということだ」
「情報……ですか。あ、それじゃあDD新聞社とかはどうですか?」
「DD新聞社?」
「ああ、確かに、あそこなら知ってるかもしれませんね。行ってみますか、グラハムさん」
 俺としたことが、DD新聞社を忘れていたなんてどうにかしてた。あそこに一番に行くべきだったのだ。
「そこなら知ってる奴がいるのか?」
「いると思いますよ。あそこは情報屋っすから」
「成程。じゃあ、もしそこで情報が手に入らなかったら、シャフトの関節を一つずつ分解していってもいいわけだな?」
「どさくさにまぎれて何言ってるんですか! いいわけないでしょう!」
 まったく、油断も隙もない。グラハムさんにはもう何も壊させないと決めたんだ。だから、いくら俺の体といえども、壊させるわけにはいかない。……それ以前の問題として、俺が壊されたくないっていうのがあるのはもちろんだけど。
「じゃあ、行きますか」
 いまいち納得できないと言いたげなグラハムさんを全身でシカトし、ジャグジーたちに別れを告げて出発しようとする。
 しかし、それはできなかった。
「……グラハム?」
 俺たちが出て行こうとしたまさにそのときに現れた、その人物によって。











まさかの続きものとなりました。一応上中下の予定です。
女体化を……活かせていない……!
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