00部屋その四

□新婚さん!
2ページ/11ページ






 シズちゃんの朝は遅い。
 いつもだらだらと布団に入ったまま、特に休日なんかは俺が起こそうとしても昼間では起きようとしない。平日でも同じだ。
 俺だって朝ぐらいゆっくりしていたい。明らかに俺の方がシズちゃんより体力を使っているのだから、俺の方が先に起きるというのはおかしな話だ。誰もがそう思うだろう。
 でも、しようがない。シズちゃんは料理ができないのだから。
「シズちゃん、朝だよー」
 ベタ過ぎて今時誰もやらないだろう方法で、俺は毎朝シズちゃんを起こす。フライパンの底を玉杓子で叩くというアレだ。俺だってこんなことはしたくないけれど、こうしなきゃシズちゃんが起きないんだから仕方がない。
「シズちゃん、起きなって」
 シズちゃんを起こすのに、直接的に物を使用してはならない。それは同居前から実証済みだ。目覚まし時計でもセットしようものなら、そいつは翌朝には叩き壊される運命になる。俺が揺すって起こすというのも手の一つだが、前それをしたら寝ぼけたシズちゃんにホールドされて抜け出せなくなった。つまり二人とも家から出られなくなった。だからといって放っておくわけにもいかない。シズちゃんが仕事に送れて上司が様子を見に来たりしたら、その、俺的に、大変ヤバい。
「シーズーちゃん」
 ところが、何度やってもシズちゃんは起きようとしなかった。枕を抱き締めてむにゃむにゃ言ってるシズちゃんの顎を、思いっきり蹴りたくなる。だけどそうすると爪先の骨が折れるような気がしたから、俺は我慢した。「旦那を起こそうとして骨折しました」なんて冗談じゃない。
「……臨也」
「朝だよ、シズちゃん」
 五分くらい音を出し続けた結果としてようやく起きたシズちゃんに、米神をひくつかせながら俺は告げる。
「おはよう、俺の旦那様」




 簡潔に言おう。俺とシズちゃんは同居している。男同士だから籍は出していないが、いわゆる事実婚というやつだ。
 嫌いを言い合っていた俺たちが一体どのような経緯を経て結婚に至ったのか、その辺りの説明は面倒だから省力しておく。思い出しただけでも恥ずかしいから、また気が向いたときにでもしよう。
 とにかく、俺とシズちゃんは結婚した。まだ一か月くらいしか経っていないから、所謂、新婚というやつなのだ。
 俺とシズちゃんが新婚。なんだか笑えてくる。
 なんてことを考えながらシズちゃんを見ていると、卵焼きを咀嚼していたシズちゃんの眉が怪訝そうに寄せられた。
「……何だよ」
「いや、別に」
 今現在、シズちゃんは食事中だ。ちなみに俺はもう終わった。シズちゃんの食べる速さが遅いわけじゃない、俺が朝食を食べないだけだ。低血圧で夜型人間の俺としては、起きてすぐ口の中に物を入れるというだけで拷問だ。
 シズちゃんの目の前には、炊きたてのご飯と、焼きたての卵焼きと、それに味噌汁。シズちゃんはジャンクフードが好きみたいだけど俺は嫌いだ。よって、食事には一切妥協しないようにしている。
「よく食べるね、シズちゃん」
「そうか?」
「そうだよ。高校のときもよく食べるって思ってたけどさ、あの頃から量変わってないよね?」
「手前が食わな過ぎるんだよ」
「確かにそれもあるけどさ、それでもシズちゃんのそれはおかしいと思うよ」
「残すのも勿体ないだろ。折角お前が作ったんだからよ」
「ああ、確かに……え?」
 今、何かおかしな言葉が聴こえたような。
 顔を上げてシズちゃんを見るが、涼しげな顔で食事を続けている。俺の気のせいだろうか。いや、気のせいじゃなかったような気がする。
 まったく、シズちゃんは素でこういうことを言うから困る。普段は罵倒ばっかで愛情の欠片も感じられないのに、サラッと恥ずかしいことを言いやがるのだ。
 別に、嫌なわけじゃない。ただ、戸惑う。
 俺とシズちゃんの関係は、罵倒し合い憎み合い殺し合う関係だった。いや、今もそうだ。外で会ったら前まで通りに罵り合って殺し合うし、俺は今でもシズちゃんが大っ嫌いだ。
 でも、愛してるんだ。
 自分で考えていて恥ずかしくなった。赤くなった頬を気付かれないよう、新聞に顔を隠した。クソッ、シズちゃんのせいだ。
「そういえば、」
 しばらく沈黙が続いた後、シズちゃんがそう言ったと同時だった。
 ガッシャーンという大きな音が、隣の家から響いたのは。
「……」
「……」
 続いて聴こえてきたのは、早口にも程があるお隣さんの声。勿論英語だからシズちゃんには意味が分からないだろうが、分かる俺にはどうやら照れているらしいということが分かった。
 隣に住んでいるのも、俺たちと同じく新婚さんだ。しかも、外人の。
 旦那さん(言ってて気持ち悪い)の方の何処にでもいそうな青年は日本語が喋れるらしく、シズちゃんともわりと仲が良い。ただ、奥さんの方は日本語が苦手らしく、英語だと俺以上に饒舌なのに、日本語になると途端に無口になる人だ。
 何だか俺たちと似ているよなあ、と思う。よく物を壊してるみたいだし。向こうじゃ被害者は旦那さんみたいだけどね。
 それに、俺たちと同じで男同士だし。
「またやってるな」
「シャフト君も懲りないよねー」
 この広い日本の池袋のわりと普通のマンションに、二部屋並んでゲイのカップル。どういう確率だと言いたい。管理人さん(一階に住んでる)に言いに行ったところ、「私たちは個人の自由を尊重しますから」という回答だった。ちなみに管理人は二人いて、二人とも異様に若い。昼間はマンションにいないから、もしかしたら学生なのかもしれない。
 お隣さんも、お世辞にも堅気とは言えない職業についているらしい。旦那さんの方は専業主夫みたいだけど、奥さん(男だけど)は池袋で部下っぽい人たちを連れて徘徊しているところをよく見る。ていうか俺は情報屋だから知ってるんだけど、彼は所謂愚連隊のリーダーらしかった。いつも持っているレンチが相棒らしい。
 つくづく変なマンションだ。
 朝食を食べ終わったシズちゃんが、流しに食器を運ぶ。運ぶように言ったのは俺だ。結婚してすぐ、言い渡しておいた。
「もう行くの?」
 キッチンとダイニング(一繋がりになっている)を行き来するシズちゃんに訊くと、「おう」とぶっきらぼうな返事が返ってきた。
「ふうん。俺も食器洗ったら行こうかな」
 立ち上がり、シズちゃんと入れ違いにキッチンへと向かう。
「手泡だらけだからドア閉めれないけど、自分で閉めてよ」
 腕まくりしながらそう念を押すと、シズちゃんは一瞬立ち止まり、「じゃあ」と俺の手を引いた。
「行ってくる」
 一瞬だけ触れ合った唇が離れ、シズちゃんは何事もなかったかのように歩いて行く。

 いってきますのキスは、味噌汁の味がした。








新婚パロの静臨は、どうやら男前シズちゃんのようだ。そして臨也さんが卑猥じゃないようだ。
完全に悪ノリで始めました謝ります。とても楽しいです。
ちなみに砂月は色気のない味のキスを書くのが大好きです。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ