00部屋その四

□ピアス
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「ねぇ、グラハムってピアスしないの?」


 ベッドの上にうつぶせになっていたクリスは、自分が指を通している髪の持ち主に対し、ふっと呟いた。触り心地の良い、けれども少し荒れている髪は、すぐに指の間を通り抜けてしまう。だけど、先程までの雰囲気を引きずるように、彼はそこに触れていた。
 甘いとは言えない行為の、残り香。
 それに反応したように、同じベッドに寝ていたグラハムは、酷く気だるげに、ゆったりと視線を上げる。


「どういう意味だ?」


 眠たげな瞳。先程までの余韻を残した、何処か色気を帯びた色。
 ごくり、とクリスは息を呑んで、動かしていた指を止めた。


「んー、ただなんとなく、似合いそうだなぁと」
「悲しい、悲しい話をしよう……。何故俺が、自分の体に穴を開けなくてはならないんだ?確かに俺はマゾだが、マゾヒストだが、戦い以外で体を傷付ける趣味はない!何故か?痛いのは嫌だからだ!痛い思いをしていると、色々なつらい過去を思い出して涙腺崩壊の危機に陥る!」
「でもグラハム、痛くされるの好きだよね」


 皮肉のように囁いて、クリスはグラハムの首筋にキスをする。少し牙を立てると、口内に血の味が広がった。それが甘美なものに思えて、ちゅ、っと吸い跡を残して血を飲む。


「悪趣味だな、お前」
「吸血鬼だからね」
「跡は残すな。残したら壊す。バラバラにしてドラム缶に詰めて海へ流す」


 いつもよりテンションの低いグラハムに、ふうん、とクリスは笑う。
 いつものことだ。
 好敵手であり仲間、そんな関係の男同士なのに体を重ねるのも、何の感情もなしにセックスをするのも、もう今更のことだ。


「つけようよ、ピアス。僕がプレゼントしようか?」
「どうしてそこまでつけさせたがるんだ、お前?わけが分からない。泣きたいぐらいに理解不能だ!」
「さあ、理解不能なのはグラハムも一緒だよ。これだけ一緒に過ごしてるのに、未だに全然分からない」


 なんで寝てくれるのかすら。
 こんなに綺麗な顔をしているのだから、相手には困らないはずだ。金がないから?だけど、他にも探せばたくさんいるだろう。女が駄目なわけでもなさそうだし、面倒なのだろうか。
 ただ、何となく始まっただけ。
 クリスの方は、この容姿じゃなかなかどんな女の子も体を許してくれないから。それに、そういう店に行ったことがリカルドにバレるのも面倒だ。


「僕はただ、何かあげたいだけ」
「……そういう関係じゃ、ないだろ」


 低い、淀んだ瞳にお似合いの声で答えたグラハムは、抱き抱えていた枕へと顔を埋めた。その白い背を眺めたクリスは、やがて、その背へと手を伸ばす。そして、そのまま。後ろから乗るように体重を預けて、首へと腕を絡めた。
 このまま、首を絞めて殺せるのなら、それで良い。
 だけど、戦って殺さなきゃ意味がないから、殺したくはない。




「グラハム、もっかい」
「お前の体力と一緒にするな、化け物……!」








 所有印以外の、何か。
 君を此処に縛るものが、欲しい。











 

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