00部屋その四

□Trick or Trick!
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 NYのとある倉庫。そこは、辺り一帯を取り仕切る愚連隊のたまり場でもある。
 10月30日……今日はハロウィンであるが、もう良い歳の彼らには、それは関係ない。
 関係もない、はずだった。

「あー……ハロウィンってだけでタダで菓子貰えるガキが羨ましい」「同意」「若返りてぇ」
「あーあ」「前までは貰えたのにさぁ」「俺なんて何年前か」「っつーかお前としいくつだっけ?」「永遠の十七歳」
「死ね」「え、それだったら貰えんじゃん!」「馬鹿、冗談に決まってんだろ」

 いつものように、することもなくぐだぐだと会話する不良たち。
 その中で、あまり彼らの会話には参加しないシャフトが、気付いたように呟いた。

「……あれ、ところでグラハムさんは?」

 一言。
 それと同時、倉庫のドアが破壊されそうなほどに勢いよく開く。




「「Trick or Treat!!」」




 そこには、二人。
 二人の怪人が、どの少年少女よりも子供らしい笑顔で、楽しそうに倉庫の中を覗き込んでいた。
 片方の男は、色が反転したかのような目と、イルカのような歯をしている。身に付けているのは裏地が赤い黒いマントで、普段から吸血鬼そっくりの彼だが、今はもう本物と言っても過言ではない。
 クリストファー・シャルドレード。
 それが、実年齢は相当の良い歳こいてハロウィンしている、世間的に見ればかなり痛い人種の吸血鬼の名であった。

「あれ、思ったよりも反応薄いや」
「お前ら、もう少し反応、しろ! 恐怖するか驚くか悲しむか喜ぶか……あ、悲しみは必要ないのか!? 何てことだ、うっかりノリに任せて喋っていたら間違えた……俺はもう、舌すら思い通りに動かせないらしい……あぁ、悲しい!悲しい話だ!」

 もう片方、頭の中というよりむしろ、その歳でこんな恰好をしている方が痛いのは、愚連隊のボスであるグラハム。ただし、彼が今日身に付けているのはいつもの作業着ではない。

「菓子を寄越せ、でなけりゃ壊す!」

 全身が黒で統一された服装。その頭には三角形の茶色い耳が、腰には同色のふさふさとした長い尻尾が見える。
 狼男。
こちらも二十を過ぎて、しかし怖さより可愛さを与えるような格好をしている彼は、ビシィッとレンチを突きつけながら、最も愛する部下の名を叫んだ。

「シャフト!!」
「はいはい、何ですか」
「その1.俺はお前の菓……お前の為にこんな、作業着じゃない慣れない格好をしている。 その2.何か思うことがあるはずだ。 その3.感謝とか感謝とか感謝とか今日は殴られても文句を言わないとか」
「最後の思えば俺はドMです」
「そんなシャフト、お前に俺からTrick or Treat☆」

 楽しそうな笑顔で、文字通りキラン☆と星を飛ばしてレンチを振るグラハム。が、悪戯はそんな可愛いものではない。
 生命の危機。
 真っ青になったグラハムの部下たちは、「生贄になれ」と言いたげな視線をシャフトに向けた。素晴らしい精神である。
 しかしここで、誰も、グラハムですら予想もしなかった事態が、起きた。

「どうぞ」

 シャフトが、何処からか真っ白い箱を取り出したのだ。

「……シャフト?」

 グラハムが、パチパチと可愛らしく瞬きをする。
 シャフトはため息と好いて、はい、とご丁寧に肉食獣手袋のグラハムへと箱を差し出した。

「どうせこんなことだろうと思ってたんで、行きに買って来たんですよ。グラハムさん、ここのケーキ食べたいって言ってましたよね?」
「たんたらたんたんたーん、シャフトへの高感度が上がった! ついでに俺のテンションも10上がった! シャフトよぉ、お前本当良い奴だな! 見直したし惚れ直した、だけど俺は元からお前には惚れていないので最後の言葉は取り消し! イレエィズ! ついでに一生お前に惚れることはないと、今、この場で全員の前で宣言しよう! しかし、俺にそういう趣味はないけどお前がそういう目で俺のことを見るのは結構! ワクワクする!!」
「……随分と簡単に懐柔される狼男ですね」

 ブン、と箱を奪い取るグラハム。いつもの彼なら即箱を開け、中身を確認して口へと運んでいる。

 しかし、今回は、違った。
「さてここで、ケーキをくれた優しいシャフト君に感謝の気持ちを込め、レンチを一発プレゼントしよう!」
「え、ちょっと待って、それって全然感謝になってないどころか逆効……ぐふぉっ」
「そして更に、ケーキを貰えなかった僕の怒りも上乗せ!」
「聞いてない!聞いてないですか、るぐあぁぁぁぁあああああああああ」

 こうして、一つ。
 倉庫には、仮装ではなく本物の死体と化したシャフトの体が、倉庫の床に転がることとなった。








「グラハムさん、あの人放っておいても大丈夫なの?」
「問題はないっすよ、リカルドの坊ちゃん。だって俺の部下だし」
「あれー、僕には訊かないの?」
「クリスに訊く方が間違ってるよ」

 吸血鬼クリス、狼男グラハム、にゃんこリカルド。
 ハロウィンに浮かれる街の雰囲気に紛れ(いや、二人ほど明らかに紛れ込めてはいないが)、三人は道の真ん中を歩いていた。
 ちなみに、リカルドのにゃんこというのは猫のことである。髪の色に合わせて金色の猫耳を付けているが、元が可愛らしい顔立ちなので、違和感なくにゃんこ化している。
 彼は……いや、彼女は勿論、クリスに連れまわされていた。

「結局、あんまみんなお菓子くれなかったねー」
「まあ、一応もう▲▲歳のヤツとかいるからな。普段から菓子常備してる方が怖いだろ」
「君の為にわざわざ用意してくれてた人もいるけど?」
「アイツはまあ……怖い通り越して引く」

 何とも自分勝手な言葉だが、そんな会話をしながら、三人は歩く。
 不意にリカルドが訊いた。

「で、次は何処へ行くわけ?」
「「え?」」
「……考えってなかったみたいだけど」
「まさか、ただ、リカルドが付いてきてくれるなんて思ってなかったからさー、僕ちょっと感激しちゃった」
「鬱陶しいよクリス」
「ごめんねー。ちゃんと行くところは決まってるよ」

 二コリ。
 綺麗に並んだ歯を見せ、吸血鬼に相応しい微笑みを見せた怪人は、横に立つ狼男へと視線で同意を求めながら、歌うように言った。




「僕の友達、フィーロのところに決まってるじゃないか!」








「「Trick or Treat!!」」




 妖精とミイラ男が、その場で一回転しながら言う。
 半ば予想していたことだが、とため息をついたフィーロは、ぐったりと椅子の背に体を預けながら、「ほら」と机の上に置いてあった未開封のクッキーを指差した。

「……やるよ」
「わぁ、やったねアイザック!フィーロがお菓子をくれたよ!」
「当たり前だろミリア、フィーロは俺たちが怖いんだぜ!だからお菓子をくれるんだ!」
「本当だ!ねぇアイザック、アイザックは私のこと、怖い?」
「あぁ、でもとっても可愛いぜ!」

 頭上で手を叩き、全身で喜びを表現しているのは勿論、アイザックとミリア。
 普段の服装からして仮装のような彼らからしてみればこの程度造作もないのだろう。しかしこの服はどうやって作っているのだろう、とフィーロは今更のように考える。二人で布を買うところからやっているのだろうか?
 そして彼は、そのせいで、背後から近づいて来る人物に気付かなかった。

「フィーロお兄ちゃん!」
「え、あぁ……チェスか」

 本職のマフィア程ではないにしろ、チェスもある程度は気配を消すことが出来る。悪戯でもするつもりだったのか、フィーロの肩をぽんと叩いた彼は、首を傾げて言った。

「お客さんみたいだよ」
「え、俺にか?」
「うん」

 外見年齢は立派な大人のチェスであるが、バカップルに乗せられたのか、今日は外見と中身によく似合う小悪魔の格好をしていた。これも誰かのお手製か、背中にはキチンと悪魔の羽根が見える。

「一体誰だ?」
「ハロウィンですし、誰かが遊びに来たんじゃないですか?」

 何年か前にミリアが来ていたのとよく似たデザインの修道服を着たエニスが、どうぞ、とチェスにケーキを一切れ差し出しながら言う。
 エニスが言うんだし、それもそうか、と単純に受け止めたフィーロは、あまり深く考えず、酒場になっているところの入口……そちらへと、視線を向けた。




「「HAPPY HALLOWEEN!!!」」




 そこに立っているのが吸血鬼と狼男だなどと、思いもせずに。








「ニ、ニースゥ、これ本当に似合ってるの?」
「うん、ジャグジーに似合ってるわ」

 フランケン・シュタインはジャグジー、その隣の魔女はニース。
 彼らの不良集団。ここにきてやっと、少年少女が仮装をしていた。

「おうジャグジー、見てみろよ!俺凝ってるだろ!」
「う、うわぁぁぁぁぁあああああゾ、ゾンビだ怖いよぉ!」
「ムガ、ゾンビ、ジャグジー、怖がってる」
「うわ、待てよジャグジー、ドニー!俺だって、ニック、ニック!いくら存在感薄いからってそれはないだろ!?」
「チャイニ―お前、それってキョンシーか?」
「ヒャッハァ!」
「ひゃっはぁ!」

 三十人近くいる不良たちは、皆が皆、思い思いの仮装をしている。あまりにも人数が多いので被るものもあったが、ジャックなどはブラックジョークか死体の格好などをしていて、それはそれで怖い。
 そう、彼らは特にお菓子を貰うあてもなく、ただ楽しみで仮装をしていた。これを子供の特権という。
 そうやって各々が勝手に盛り上がっていると、気を失っていたジャグジーが、うーんと唸りながら起き上がる。

「何だ、ニックか……てっきり金星から宇宙人が襲来したのかと思ったよ」
「さっきと言ってること違うわよ、ジャグジー」
「え、本当?」

 ちなみに今、同じNYでは、リアルタイムでマルティージョVS新ルッソという嫌な構図が成り立っているところである。
 しかし、彼らはそんなことは微塵も知りはしない。
 そしてそこへ、同じくそれを知りもしない人間が二人、追加で現れた。

「よぉ、ジャグジー」
「あ、フェリックスさんにシャー、」

 彼らの名前を呼ぼうとしたジャグジーの顔が、凍る。
 む?と首を傾げるフェリックス……クレア。心底不思議そうな顔をする彼に、ジャグジーに代わってニースが疑問を口にした。

「あの、その服装です」
「え、あぁ、これか。シャーネによく似合うだろ? やっぱシャーネは俺にとっての天使だから、他にないと思ってさ。こんなに天使の服が似合う人間はシャーネ以外に居ないよな。え、恥ずかしいか? 俺は本音を言ってるだけだって。 ちなみにこの服は俺が前あげたドレス。天使の羽はチックに頼んで作ってもらった」

 クレアのことばからも分かるように、シャーネの格好はずばり天使である。
 だが、ジャグジーはそれに驚いているわけではなかった。クレアのことだし、やりそうなことはあらかた予想が付く。
 問題は、クレアの方。

「で、フェリックスの旦那は……」
「勿論、シャーネと対で悪魔」

 あまりにも似合い過ぎていた。
 スイッチが入らなければ普通の爽やかな青年なクレアであるが、それでも雰囲気は出るのであろう、悪魔に違和感は感じられない。頭に付けた角やら、巨大な悪魔の羽根やら。そしてとどめは赤い髪と、皆の記憶に新しいフライング・プッシフート号の件。

「悪魔と天使は本来結ばれないとか言うけど、そんなの俺の前にはまったく意味ないからな。俺の世界なんだから、俺がそれを破る。壊す。シャーネは俺のものだ!」
「……っ、…………!」

 このカップルにかかれば、ハロウィンも恋愛イベントらしい。
 まあ、ジャグジーとニースも半分そうだな……。心の中で冷静に呟くヨウン。

「まあ、仮装は人それぞれよね」
「ところでジャグジー、こんな恰好して、誰かに菓子もらえるのか?」
「あ、本当だ」
「それは問題ないよ、大丈夫」
「……大丈夫、ナノカ?」
「グラハムさんが来ても良いって言ってたから」

 ジャグジーがそう言うと同時。
 呼び鈴が鳴る。
 そしてまた、この屋敷へと、新たな訪問者が。




「「HAPPY HALLOWEEN!!!」」










 

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