00部屋その四
□貴方から私へ、私から貴方へ
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人の気配に目を覚ますと、私の『婚約者』が、眠っていた私の顔を覗き込んでいた。
「……っ!!」
「あぁごめんシャーネ、勝手に入ったりして。寝てるのは分かってたんだけどさ、どうしてもシャーネに会いたくて」
だからって、
「シャーネの笑顔、とっても可愛かったぜ」
恥ずかしい。会いたくて、だけでも精一杯なのに、可愛い、も加わるなんて。
私が顔を赤くしていると、彼は爽やかな微笑みで応え、私の頭をふわりと撫でた。
「おはよう、シャーネ」
おはようございます、クレア。
「ん。起きるか?」
はい。
ゆっくりと身を起こす。彼は私のベッドに腰をおろして、頬にかかる私の髪をかき上げた。
くすぐったい。
「くすぐったいか?」
いえ。
「本当のこと言って良いから」
……少し、くすぐったいです。
「分かった」
私の目蓋に口付けた愛しい人は、私の左手をしっかりと握り、引く。私は引かれるままに立ち上がって、彼の隣に並んで立つ。
見上げれば、ぶつかる視線。
いつの間にか日常の一部になって、当たり前のようになっていた人。
この人は、こんなにも私のことを愛してくれている。
それなのに私は、一体どれだけのものを返せているのだろう?
ありったけの愛を注いでもらって、くすぐったくても心地よい、と感じる。この人のまっすぐな愛は大きくて、優しくて、包み込むようだ。
この人の隣にいる時間はとても幸福で、そして、酔ってしまいそうなほどに愛おしい。
だけど私は、それに返せるものを、ただのひとつも持っていない。
確かに愛しいのに、それを伝えるすべを持っていない。
「……シャーネ、どうした?」
俯く私に気付いたのか、手を握っ ていたはずの右手が、いつの間にか肩に添えられていた。
「そんなに悩むなよ」
そっと、優しく抱き寄せられる。
「俺はシャーネからたくさんのものを貰ってる。シャーネがただここにいて、俺の言葉に笑ってくれるだけで良いんだ。それだけで俺は満足だし、幸せになれる」
……クレア。
「だから、な、そんな悩むなって。俺がシャーネを困らせてるなんて、なんて言うか、その……つらい」
……ごめんなさい。
「謝るなよ。俺は気にしてないから。むしろ、シャーネがそんなに俺のことを思ってくれてるって再確認できたから、幸せなぐらいだって。……嘘じゃない、心から。……さ、行こうぜ。ジャグジーたちが待ってる」
力強い、愛しい言葉。
頷いた私は、そっと彼に寄り添った。
何年も何百年でも、こうして寄り添っていたい。