00部屋その四

□とある憂鬱な日
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 ピンポーンと気の抜けるようなインターホンの音を、グラハムは、徹底的に無視した。
 ところが、直後にガチャガチャと鍵を開けるような音がして、「ひどいな〜、グラハムは」と笑みを含んだ声がする。
 程無くして顔を出したクリスに、ソファの上で巨大ガチャピンクッションを抱えてポテチを食べていたグラハムは、黙っていれば整っている顔を、ぐへぇと大仰にしかめてみせた。



「悲しい……悲しい話をしよう……。前々から変人だとは思っていた友人が、まさか入居者の許可もなしに人の家に勝手に入ってくるほどに常識を持っていなかったらどうする!? 俺は今一瞬、もう縁を切ってしまおうかと考えた! 大体、この家はこの前変態赤毛にドアノブを破壊されたり、その前にもドアを蹴破られたりと、どうも被害を受けすぎだ! 一体誰のせいだ!? それは勿論赤毛のせいだが、元をただせばこの家に住んでいる俺のせいだ! もうこれ以上この家に迷惑をかけないためには、他の家に引っ越すしか手はないのか……そうだ、そうしよう。 誰にも住所を教えずにこっそりと出て行こう。 いや!? そうすればシャフトたちが来れなくなるのか!?」
「あの赤いの相手に住所変えたって、絶対見つけられると思うよ」
「ならお前とあの赤毛が俺の家に来なければ良い、そうだろう!? よし、それが一番良い。 オイ赤目、今すぐに出て行け」
「それは無理。でも嬉しいな、僕のことちゃんと友達と思ってくれてたんだ」



 イルカのような歯を揃えて笑って見せたクリスは、そう言いながらグラハムの隣に腰掛ける。そして、彼が食べていたポテチを無断で一枚つまむと、バッグの中からあるものを取り出して見せた。



「じゃーん」
「……何だ、これは」
「DVD。この前借りてきたんだけど、リカルドは忙しいから一緒に見てくれないし、一人で見るのもなんか寂しいなあと思っていたところで、グラハムのこと思い出したんだ。やっぱり持つべきものは友達だよね」



 俺はお前の友達なんかじゃないと言ってやりたくなったグラハムだが、自分でさっき友人と言ってしまったと言うことを思い出し、それを押し込める。失言だった。
 代わりに、この赤目をどうやって追い出そうかと、真剣にそれを吟味する。戦いながら追い出すのは簡単だが、それでは根本的な解決にならない。どれだけ追い出しても、化け物たちは押しかけてくる。それも、要らないものを持って。



「フィーロのところに行けば良いだろう」
「それがさあ、子供が居るから駄目って断られて」
「……何を持ってきたんだ」



 まさかAVか、という考えがグラハムの頭を過る。だとしたら絶対に追い出さなくてはならない。変態と一緒に見るなんてロクなことがない。先日持ってきて一緒に見る羽目になったが、まあ色々と、友人の枠を越えかける羽目になった。(勿論、許しはしなかったが)その日のことを思い出したグラハムは、思い出しの怒りに駆られる。



「腹が立つ、腹が立つ話だ……! お前が来るとロクなことがない。俺は今、今この瞬間、この前のある日のことを思い出した! 嫌だと言うのに、忘れたいと言うのに、脳が俺の言うことを聞いてくれない!」



 だが、ううん、とクリスは首を横に振り、ポテチの袋へと手を伸ばした。



「勿論フィーロはそれも苦手だけど、もう一つ、苦手な物」



 その手を、腰に釣ってあったレンチで容赦なく殴り落としてから、グラハムは訊く。



「……苦手な物?」
「うん」



 レンタルショップの袋から中身を取り出したクリスが、それはもう嫌な感じに楽しそうな表情を見せる。本人は純粋に楽しんでいる分、余計に性質が悪い。
 グラハムの体は、取り出されたDVDに書いてあった文字を見た瞬間、フリーズした。



「ホラーだよ、ホラー。本当はスプラッタにでもしようかな、って思ったんだけど、それじゃあ見慣れてて面白くないからね。あえて普段の生活で見れないものをチョイスしてみました☆ ほら、見よう!」
「嫌だ」
「え?」
「俺は断固拒否する」



 ブン、とレンチが上下して、その先の部分が、クリスの鼻先に突きつけられた。



「大体、お前は間違っているだろう!? 人の家に勝手に来て、無断で入って、本当なら警察に突き出すところなのに、優しい俺はそれをやめておいて……なんてことだ、自分で優しいと言ってしまった! 痛い、痛すぎる!! そんな痛々しい俺の為に、ここは俺のやりたいことを優先するべきだろう!?」
「……もしかしてグラハムって、ホラー苦手なの?」



 二ヤリ、とクリスは笑う。
 そして、踊るように立ち上がると、DVDを手にその場で一回転してみせた。そのままソファの裏側へと回ると、真っ青なパーカーを着たグラハムを後ろから抱き締める。いや、抱き締めようとする。実際には、素早く動いたグラハムのレンチがクリスの頭へと向かい、何処からか銃剣を取り出したクリスが、楽しげにをそれを受け止めた。
 普段ならそのままバトルに雪崩れ込むところだが、レンチを跳ね上げたクリスは若干ソファと距離を取り、「落ち着いて」と声をかける。



「うるさい、死ね。お前なんて関節の一個ずつ俺が愛を込めて解体してやる」
「愛を込めてくれるの?……あ、ちょっと待って。今のは僕が悪かった」



 いつもは眠たそうなグラハムの目が、ギラギラと輝いている。あ、これ以上からかうのはやめといた方が良いかな、という賢明な判断をしたクリスは早々に謝り、銃剣をしまった。
 そして、レンチを投げる姿勢を取っている(壁に穴が空いてしまった場合はどうするのだろうか)グラハムと、向かい合うように床に座る。



「怖がりだったら、ちょっと可愛いかな、とか思うんだけど」
「悲しい、俺は今とても悲しい話をしたい気分だ……。可愛いと言われて喜ぶ男が何処に居る!? まさか俺はそこまでの変態だと、この変態に思われているのか!?」
「変態とは思ってないけど、ほら、グラハム顔可愛いから。顔だけ見ればとっても良い方だと思うよ」
「顔だけなのが引っかかるが、心の広い俺は許してやろうと思う」
「うん、ありがとう」



 怒りは収まったのか、グラハムの感情の方向いがまたいつもと同じ方向に軌道修正を始める。内心で息を吐いたクリスは、さり気なくDVDへと手を伸ばしながら、「それで、」と会話を続けた。



「グラハムがそうしたいって言うのなら、このDVD見てから、フィーロとか呼んで朝まで騒いでも良いんだよ? そしたら怖いのも忘れられるし」
「お前がそうしたいのならそうしてやっても良い」
「あ、仮にそうじゃなかったら、朝まで僕が泊まってあげるから心配しなくて良いよ。幽霊とか思い出せないような夜にしてあげ……冗談だって。だからレンチを下ろして」



 洒落にならないクリスの言葉に、グラハムが爽やかな笑顔でレンチを取り出す。
 だが、クリスはそれが飛んでくるよりも先にDVDをセットして、素早い動作でテレビの電源を入れた。



「はい、じゃあ、鑑賞会始め〜」



 そう言った瞬間。
手にしていたクッションに顔を埋め、ついでにレンチをぶん投げてくる可愛い友人に、見たところ銀の円盤のように飛んでくる凶器を片手で止めてから、クリスは微笑みを浮かべた。
 やっぱり怖いのか。




 後日譚。
 その後一時間、この部屋は珍しくクリスの声のみが支配していた。が、その更に一時間後にはいつもと比べ物にならないほどの声と破壊音が響き、更に、結局クリスは泊まり込んだ、らしい。














書いてからすげぇ近所迷惑な家だと思った。

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