00部屋その四
□暗黙スパイラル
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傍で眠っている、男の顔を見つめる。
白い肌、長くて繊細な睫毛。くるくると顔を縁取る優しい色の髪。目蓋に隠された眼球はまるでビィ玉のようで、その色を私はとても愛している。
それを持つこの男のことを、とても愛している。
剥き出しの肩に触れてみると、伝わってくる体温の温かさ。あぁ、この男は生きているのだな、と今更のように認識して、ため息が漏れた。
優しい、優しい男。
私の見ている幻などではない、本物の、人間。
この男は私のことをとても優しく抱く。まるで壊れ物を扱うかのように、そっと触れる。
たかが、体だけの関係なのに。
「まったく、ナンセンスなことだ」
愛してなどいないからあんなことが出来るのだろう。愛情で求めていないから、優しく出来るのだろう。
男の優しさは私に対しての毒だ。
ベッドの上に落ちていた赤い糸を拾い上げる。洋服か何かについていたのだろう。細くて柔らかいそれは、存外に長い。
ふと思いついた。
「……愛しているよ」
呟いた言葉は、想像以上に重たい響きを持っていた。苦笑しながら、赤い糸をこちらに伸びた腕へと近付けていく。
くるり、と小指に糸を巻き付けた。雪のような色に、血の色が映える。そうしてから、それを血の色と思ってしまう自分に乾いた笑みを落とした。
現実に引き戻される。
「馬鹿だなぁ、私は」
こんなことをしていると言うのに、私の心は酷く乾いて飢えている。求めるのは愛情ではない、血だ。
乙女じみた自分の言動が胸に刺さり、心臓を傷つけて去っていった。他でもない、自業自得だ。
「はは、」
こんなことをしてこの男を繋ぎとめることが出来るのなら、いくらでもする。そして、私が繋ぎとめようとすれば、この男は此処に留まって、私に繋ぎ止められてくれるだろう。
でも、そんなことを求めているわけではないのだ。ただ此処に居て欲しいわけじゃない。
愛もないのにそんなこと、虚しいだけ。
赤い糸を解いて、さっき結んだほうの端を、今度は自分の小指へと結び付けた。きゅっと、血の流れが止まるほど強く結ぶと、その指に口付けてみる。
誰にも繋がらない糸。永遠に相手を求めて彷徨うだけの端。
きっと次に会う時も、言葉を交わす時も、私はこの糸を彼から遠避けようとするのだろう。
(相手の思いなんて、知らないふりをして)