00部屋その壱

□こどものけもの
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 一度だけ、婦人と肌を重ねたことがある。
 私は元々、性欲を持たない人間だった。それはおそらく、そういう風に作られたからだろう。誰もそういったことを教えなかったということもあるかもしれないが、誰も教えてはいないというのに、弟や妹は自然に恋愛感情やら性欲やらを身につけていた。なので、おそらくは私という個体のデザイン上の問題なのだろう。だから、他人と肌を重ねる暇もない生活でも、別段不自由するようなことはなかった。ガンダムマイスターとして、チームトリニティとして活動するだけで私の心は満たされていたし、手のかかる弟と妹がいれば、自分のそういったことを考える暇もなかった。
 私が婦人と肌を重ねたのは、偶然だ。
 偶然、独りで街を歩いていた。小腹が空いたので食事をしに入り、そこで酔った婦人に誘いをかけられたのだ。婦人は恋人と別れたところらしく、寂しいのだ、と私の肩に擦寄って来た。
 私はそれを拒まなかった。
 ただの興味だった。自分には本当に性欲というものがないのか、それとも薄いだけなのか。快感とはどのようなものなのか。それを知りたかっただけで、相手の婦人の事情には、なんら興味を抱かなかった。
 結論から言うと、性欲はあった。積極的に芽生えないというだけで。
 一度きりのことなので、それからずっと忘れていた。相手の婦人の名前も知らない。それを思い出したのは、酔った弟の一言からだった。確か、女との経験がない私のことを小馬鹿にするような発言だったように思う。だから「ある」と答えた。ただの事実として。
「ハァ!? 誰だよ、それ!」
 ミハエルの反応は激しかった。名前も知らない女性で一度きりだと話しても、なかなか落ち着かないほどに。自分は名も知らぬ何人もの女性と関係を結んでいるのに、この弟は家族のこととなると口うるさくなる。独占欲の問題だろう。ミハエルは精神的に子供のような面を持っているから、自分の縄張りにある人間に他人が触れることを許せないのだ。
 かわいい、弟。かわいいミハエル。
「だからお前が気にすることではないさ、ミハエル」
 そう言いながら頭を撫でてやると、ミハエルはまだ不機嫌そうな顔をしたまま、後ろから私に抱き締めて首筋に顔を埋めた。
「もう二度と誰ともセックスすんなよ、兄貴」
 ああ、かわいい弟だ。
 マーキングのように首筋に噛みつく弟の癖毛を指に感じながら、私は小さく微笑みを浮かべた。








初心にかえって、なんかずれてる兄弟。

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