00部屋その壱
□夢
1ページ/1ページ
※北方版の晁蓋の死から
死ネタ注意
誰でも良いから、全て夢だって言ってほしかった。
「うそ、だ……」
全部嘘で良い。全部夢で良い。
天下のために立ち上がってなんていなくて、晁蓋は村の保正のまま、あの緩やかな日々さえあれば良い。それさえあれば何も要らない。
だから、こんなの信じたくなかった。
「そんな、」
思わず崩れ落ちそうになる脚を叱咤して、その場に踏みとどまる。脳が、視界が、揺れる。
棺桶の中に見えるのは、見慣れた体。
何よりも強いと信じていた、あの、人。
「こんなことが」
思わずこぼれた声は絶望に染まり切っていた。
「呉用」
宋江殿が心配げな声をかけてくる。僕は反射的に答えていた。
「大丈夫、です」
大丈夫なわけがない。大丈夫なんかじゃない。僕はそこまで割り切れる人間じゃない。
宋江殿も気付いているのだろう。僕の肩にそっと手を置くと、ひっそりと言った。
「皆に知らせてきます」
その言葉に、宋江殿が自分が知ってすぐに僕に伝えてくれたのだということが分かる。でも、そんなのどうでも良かった。
それで何が変わるわけでもない。
晁蓋がいないという事実は、どうやっても変わらない。
「嫌だ」
いつも隣に晁蓋がいた。
無茶ばかり言って僕を振り回して、遊び回っているかと思えば自分の信念には忠実で、だらしないけど誰よりも民を思っていた、晁蓋。
眩しかった。僕にとっての、光だった。
だから補佐しようと決めた。晁蓋が無茶し過ぎないように、無茶をする時はいつも加わった。何よりも失いたくなかった。失うなんて、考えもしなかった。
晁蓋は僕の全てだったのだ。頭以外に取り柄のない平凡な僕は、せめて晁蓋の力になることで、何かをしようと思っていた。
晁蓋は僕の夢。
だから僕は、晁蓋の全部託した。
それなのに、どうして気付かなかったのだろう。
戦場に出るということは、死と隣り合わせに生きるということだと。
「いやだ、」
握った手は青白く、冷たい。同じ硬い手でも、かつて僕の手を包んだその手とは何もかも違う。それでもやはり、これは晁蓋の手だ。
「晁蓋」
こんなにも短く、そして、儚い名前だったのか。
口にした名前のあまりの脆さに、僕は思わず愕然とした。
・