00部屋その壱
□唇に欲情
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グラハムさんは意地汚い。
「シャフト! そのパンはいらないのか!?」
「ええ……まあ」
「勿体ないぞ! パンの主成分は小麦だ! 小麦を栽培するには土地がいるだろう!? 小麦を栽培すると土地が減る……つまり俺たちのために使用する土地が存在するというのに、シャフト、お前はそれを無駄にしていることになる! なんてことだ、お前、全世界の人間と生物と植物と俺に謝れ! ついでに謝罪の証としてそのパンを俺に寄越せ!」
「……欲しいのなら素直にそう言ってくださいよ」
パンをめいっぱい頬張ってもごもごと口を言わせながら、グラハムさんは大きくレンチを振り回す。レンチが机にぶつかって弾みで食器が飛び跳ねるが、そんなの本人はお構いなしだ。食べるか喋るかどっちかにしろなんて言葉は、この人には伝わらないだろう。きっと「喋る」はグラハムさんにとって、「食べる」や「眠る」と同列の行為に違いない。
俺ももう慣れたから、適当に相槌を打ちながらコーヒーをすすり飲む。パンだって、グラハムさんのためにわざわざ余分に買ってきたのだ。
「シャフト、そのコーヒー寄越せ」
「ブラックですよ」
「ぐっ……シャフトのくせに生意気な!」
「ちょ、今殴るのはなしっすよ! コーヒー逆流しますから!」
「汚いぞシャフト! 見損なった!」
「誰のせいっすか!」
「ブラックコーヒーのせいだ!」
ギャーギャーと喚くように話しながら、ついでにレンチで俺の背骨の破壊にトライしながら、グラハムさんはやっぱりパンを食べ続ける。意地汚いことに、口にはパン屑が付いたままだ。
ため息をついて、俺はコーヒーカップを置いた。
「グラハムさん」
それから、彼の口元へと手を伸ばす。俺の突然の行動に驚いたのか、グラハムさんはそれを止めない。
「パン屑、いっぱい付いてますよ」
それをいいことに、血そのものかと錯覚するほどに鮮やかな彼の唇に触れると、俺は、パン屑を指先ですくい上げた。
「もうちょっと、気を付けて食べてください」
もったいないので、勿論パン屑は自分の口へ。トマトサンドだったからか、ほのかにトマトの味がする。コーヒーで流し込んだ。
苦い。
そうしてコーヒーを飲みほしたところで、地を這うような声がした。
「……シャフト」
「何すか? グラハムさん」
顔を上げると、やっぱり口にパン屑を付けて白い頬を赤く染めたグラハムさんが、その顔立ちに似合わぬ凶悪な目つきで俺を睨みつけている。
「だから、どうしたんですかって」
理由を分かりながらも意地悪く尋ねると、グラハムさんは人を殺しそうな目付きで舌打ちした後、
「死ね」
と一言呟いてパンを見下ろした。
次の瞬間、鈍く光るレンチが陶器の皿へと打ち付けられる。
「腹が立つ、ああ腹が立つ感情に身を任せて俺の怒りを表現した結果俺の昼飯がなくなった! ということで怒りは更にヒートアップした!」
割れた皿の欠片が飛び散って、グラハムさんの白い頬に赤い線を引く。
これ俺の皿なのになあと思いながらそれを見ていた俺は、彼が怒りを俺にぶつける前に慌てて口を挟む。
「グラハムさん、知ってますか?」
「何をだ! 言ってみろシャフト!」
「いえ、俺ね、」
嫌味なくらい爽やかに笑って言えば、グラハムさんはどう言うだろう。
「グラハムさんがパンを食べている唇にも、欲情できるんですよ」
あとがき。
偶にはグラハムさんを振り回すシャフトとかどうですかというお話。グラハムさんはブラックコーヒーは飲めないと(ry)
「パンを食べる唇にも」というのがテーマだったんですが、故栗本薫先生の「ムーン・リヴァー」にあったので拝借しました。お気に入りです。
ていうかこれシャフト変態ですよね。ぶっちゃけた話。