00部屋その壱
□Peach Rip
1ページ/1ページ
唇が荒れていたから、リップクリームを塗った。
特に拘りはないのだけれど、前に孫二娘から貰ったものがあったから、ピーチのリップクリームにした。孫二娘は僕がお世話になっている下宿の大家さんだ。何だかんだ言いながらみんなの面倒を見てくれる。良い人だと思う。
少し違和感のある唇を指で撫でて、笑う。甘い匂いだ。
そうやって下宿の廊下を歩いていると、角の方から劉唐が歩いて来た。ハッとして唇から指を離す。
「……何してんだ?」
「、別に」
見られていた。カッと顔が熱くなる。
まったく、何処の少女だろう。
「今から用事あるか?」
「ううん、別に。今戻ったところだから暇だけど」
「……部屋、良いか?」
「良いよ」
そんな僕の様子にも気付かず、劉唐は視線を逸らしながら言う。
桃の匂いが引き寄せたかのようで、笑みがこぼれた。
ドアに鍵を掛けたところで、劉唐の手が僕の頬に触れた。
「蔣敬」
顎から耳を挟み込むように、武骨な指の感触がする。急かすような声。相変わらずだな、と思いながら目を瞑る。
一瞬後、啄ばむように優しい唇の感触があった。
少し触れてそれからすぐに離れていった唇は、訝しげな声を紡ぐ。
「……何か食べてたか?」
「何が」
分かってはいるけれど、はぐらかす。指が唇にそっと触れた。
「甘い味がしたんだよ」
すうとなぜるくすぐったい感覚に、息が漏れる。爪先に口付けてみれば、劉唐が大きく目を見開いた。
「……本当に、蔣敬だよな?」
「さっきの、リップクリームだよ」
噛み合わせない会話。くすくすと笑い出しそうになる。
「ピーチだって。孫二娘から貰った」
「……女か」
「唇が荒れるのは仕方ないよ」
視線で同意を求めれば、笑われる。それもそうだよな、という声とともに、唇が近付いた。赤い舌が、僕の唇に触れる。
くすぐったい。それから、何だか変な気分だ。
「甘いな」
「そう?」
「ああ」
舌が引っ込んで、それから、また唇が重なる。
僕らの恋は、桃のようだと思った。
甘くて、それから、一歩間違えたら熟してしまう。
(リクエストがあった蔣敬受けです。自己満足です)
(何処を探しても二巻がないから資料皆無……)