00部屋その壱

□甘楽ちゃんシリーズ
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 チャイムが鳴った数秒後。てっきり助手の到着だと思ってドアを開けた甘楽は、そこに立っていた人物を見て端正な顔を思いっきり歪ませた。
「……なんでシズちゃんがここにいるんですか」
 あからさまに拒絶の表情を見せる彼女に、静雄のこめかみもビクッと動く。しかし、静雄はそこで怒鳴り返すような真似をせず、「……これ」と手に持っていた紙袋を差し出した。
「……何ですか、これ」
 受け取らずにそれをじっと見ながら、甘楽は簡潔に疑問を口にする。甘楽と静雄は天敵同士だ。殺し合いこそすれ、贈り物をするような仲ではない。甘楽が警戒するのも、ある意味では当然のことだった。だが、静雄はそんな反応など求めていない。じれったそうに煙草の煙を吐きながら、じろっと甘楽をねめつけている。
「お前にやる」
「だから何なんですか、これは」
「……服だ」
「服?」
 ますます意味が分からない。どっきりじゃないかと疑う甘楽に、「だから!」と静雄が声を荒げた。
「この前、俺が追いかけてるときにこけて、服駄目にしてただろ。寝覚めが悪ぃから、代わりのやつ買ってきたんだよ」
「……はあ」
 確かに甘楽は、この前服を駄目にした。静雄から逃げているうちに滑ってこけ、水たまりに突っ込んだのだ。どんくさいと思われそうな話だが、甘楽にも言い分はある。その日はあまりの寒さに路面が凍結していたし、彼女は買ったばかりのブーツを履いていた。転んでも仕方がない状況だった、というのが甘楽の言い分だ。そして甘楽は、彼女が転んだことに関して静雄の責任を追及した覚えはない。軽い愚痴程度に助手に話した覚えはあるが、それだけだ。そんなことがあったことすら忘れていた。
「別に、悪いとか思ってるわけじゃねぇ。偶然見てたセルティに怒られただけだ」
「ふーん、そうですか」
 それで持ってくるところが律儀な静雄らしい。でも、と甘楽は首を横に振った。
「受け取らないですよ、私」
「ハァ?」
「万年バーテン服のシズちゃんのファッションセンスなんて、信用できませんよーだ。悪いですけど、持って帰ってくれないですか?」
 静雄が選んだ服を着るだなんて身震いがする。話は終わったとばかりにドアを閉めようとした甘楽に、「待てよ」と静雄は言葉を続けた。ついでにドアを掴んで閉まらなくした。
「選んだのが幽だって言ったら、どうする?」
「え……」
 静雄の発言に若干揺れ動く甘楽の乙女心。幽のファッションセンスが抜群のものだということは、彼女自身が身をもって知っている。
「……それは」
「絞ったのが幽で、俺はそこから選んだだけだ。いらねぇのか? いらねぇなら捨てるぞ」
「……服に」
「あ?」
「服に罪は、ないじゃないですか」
 だから、と甘楽は消え入りそうな声で続けた。
「仕方ないし、貰ってあげますよ」
 意地を張る彼女の姿に、さすがの静雄も苦笑する。その脳裏に「こいつ可愛くねぇか?」という感情が浮かび上がったことに、二人のどちらも気付かない。
「ほらよ」
 差し出した静雄の手から、今度こそ本当に、甘楽は紙袋を受け取る。そして、ごにょごにょと呟いた。
「……ケーキ、仕事先から貰ったのが余ってるんですけど、食べますか?」
 数分後に彼女の助手である矢霧波江の元に送られてきたメールは、「クリスマスくらい弟君と過ごしたらどうですか?」という、暗に休みを示唆するものだったそうだ。








甘楽ちゃんを書いていると乙女アイテムを登場させたくなる。
強引にクリスマスと結び付けてみました。折角のクリスマスなのに甘楽ちゃんって……^^ 
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