00部屋その壱

□甘楽ちゃんシリーズ
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 どうしてこんなことになったのだ、と静雄は思う。
 彼の正面――相席には甘楽が座っており、彼女もまた不機嫌そうに、しかしどこか幸せそうに、皿の上に盛られたケーキをパクついている。
 もう一度彼は自問する。どうしてこうなったのだ、と。




 そもそもの始まりは、静雄が社長からスーツバイキングのタダ券を貰ったことだった。
 借金の取り立てという仕事から分かるように、彼らの仕事場に女性は少ない。だから若い静雄に、との気遣いだったのであろうが、生憎彼には一緒に食べに行くような友人はいなかった。何せ一番の友人であるセルティには口がないのだ。だが、社長の厚意を無下にするわけにもいかない。彼は無料券を手の中に握り、意を決して独りでスイーツバイキングに向かった。
 そして、入口で甘楽に出逢ったのだった。
 互いに互いを見つけてショックのあまり呆然とし、次には言い合いを始めた。互いに帰れと言い合ったのだが、どちらも引かなかった。そして起きたのがこの事態だ。会話をしているのを目撃した店員が二人が恋人同士であるのだと勘違いし、二人席に静雄と甘楽を案内した。抗議は黙殺された。店が満員大入だったからなのだが、二人ともそれに納得はいっていない。誰かの陰謀なのではないかと密かに思っている。
 しかし、何はともあれ――二人は一緒にスーツバイキングをしているのだった。
 ケーキは美味しいが相手は大嫌いだという、微妙な表情で。




「ひとりでスイーツバイキングだなんて、シズちゃんも可哀相ですよねー」
 沈黙が耐えられなかったのか、唐突に甘楽がそう口を開いた。
「男独りでスイーツバイキングとか、痛々しくて見てらんないですよー」
「そういうテメェこそ、独りじゃねえか」
 他人のこと言えねえだろ、と静雄が言えば、彼女は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「残念ですけど、私には誘えば一緒に来てくれる人がたくさんいるんですよ? ただ、その人たちがいたら好きにケーキが食べれないから、今回はあえて独りで来ただけで。私にはお友達がいっぱいいますからねー」
「嘘臭え」
 とはいえ、静雄も甘楽の信者の存在は知っている。彼女の発言はあながち嘘ではない。と、そこまで考えた静雄は、ある可能性に行きあたってティラミスをつついていたフォークを止めた。
「……オイ、甘楽」
「何ですかあ?」
「お前、こういう店に、誰かと来たりすんのか?」
「しますけど、それが何か?」
 レモンパイに夢中な甘楽は、静雄の微妙な表情に気付かない。静雄はなおも質問を重ねた。
「それって……男か?」
 すると、ビックリしたような顔をして甘楽は視線を上げた。
「何でそんなこと聞くんですか? 本当に貴方シズちゃんですか? もしかして火星人? キャッこわーい!」
「真面目に答えろ」
 茶化す甘楽だが、静雄には生憎それに付き合っている余裕はない。相手が甘楽というだけで既に不機嫌なのだ、これ以上つつけば爆発する。もし、甘楽が男とこんな店に来ているとしたら。そう考えると、何故だか静雄は腸が煮えくりかえるような思いだった。
「男と来てんのか?」
「うーん、シズちゃんの質問の意図がよく分かんないから黙秘しちゃ駄目ですか?」
「駄目だ」
「じゃあ言いますけど、来ないですよ?」
 その一言に、静雄の心がほっと軽くなる。
「私が普段一緒に来るのは、女子高生とか、そういう女の子たちとですねー。あの子たちは甘いものが好きだし、甘いものを食べてる時はリラックスしますから。お話しするにはもってこいですよねー、甘いお店って。知ってました? 私って女子高生のカリスマとあがめられてるんですよ?」
「知るか」
「ぷーん、そんなに冷たいと拗ねちゃいますよ?」
「気持ち悪ィ」
「はいはい、不機嫌にしてちゃあ美味しいものも不味くなっちゃいますよ? ほら、このかき氷とか美味しいー」
「……何処にあるんだ?」
「あっちの端に」
 ぐしゃぐしゃとかき氷の氷を砕く子供っぽい甘楽の仕草に、静雄は無意識のうちに笑いをかみ殺す。彼女がこんな姿を見せる相手なんて、おそらくほとんどいないだろう。男なら自分くらいに違いない。そんな、優越感じみた想いが胸を過ぎる。
「お前が男と来ないなんて、意外だな」
「甘楽ちゃんは人間みーんなが好きですからね、特別扱いなんてしませんよ? 男の人とこういうところに来たら付き合ってるとか思い込んで調子に乗り出すから、ぶっちゃけウザいんですよねー。だから女の子としか来ないんですよ。大体、特別でもない相手に時間を割いていられるほど、甘楽ちゃんヒマじゃないですから」
 これでも忙しいんですよー、とストローでかき氷の残骸を吸いながら言う甘楽。だが、静雄の耳にその言葉は届かない。
「じゃあ、俺とこうして食ってる時間は、無駄じゃねぇのか?」
 確かめるようにそう訊くと、甘楽が「え」と口を開けたまま固まった。
「だから、俺と食うのは良いのかって訊いてんだよ」
「え、べ、別に構わないですけど……」
「ふうん」
「ふうん、って何ですか、ふうんって! 甘楽ちゃんのきちょーな時間を遣わしてもらってるんですから、感謝しなきゃ駄目ですよ!」
「うるせぇ。黙って食えねぇのか、テメェは」
「なんか今日のシズちゃんおかしくないですか……? はっもしかして甘いものパワー……! 今度からは池袋に行くときに甘いものを持参すれば、私は無事に新宿へ帰れる……!?」
「んなわけねぇだろ。見つけたら絶対殺す」
 だけど、と静雄はサングラスの奥の目で笑って告げた。
「お前の貴重な時間を割いてやるのは、悪くねぇからな」
「……何ですか、それ」
「さあな」
 この嬉しさ、この幸せ感は何なのだろう――。それを考えようとして、静雄は頭を横に振る。代わりに、甘いものの効果だということにした。
「……変なシズちゃん」
 彼女にこんな顔をさせられるのは自分だけなのだと、そう思いながら。






久々の甘楽ちゃん更新でした。スイーツバイキングとか今更ネタ^q^
互いの想いに気付かない二人というテーマ?でした。スイーツをあむあむ食べる甘楽ちゃんに出会いたい。
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